変化に未来を求めて--。今年、創立100周年を迎える京都府製本工業組合(大入達男理事長)は9月28日、その記念式典を京都ブライトンホテルにおいて開催し、製本業界の100年を振り返る機会とするとともに、時代の変化に対応しながら次の100年に向けた決意を新たにする。そこで今回、同組合の大入達男理事長と藤原智之実行委員長に「創立100周年特別インタビュー」として話を伺った。
組合員の課題解決に向けて、「相談窓口」の設置を検討
--京都の製本業界の特徴を教えてください。
藤原 京都の製本業界の特徴として、商業印刷の製本が多いことが挙げられる。また、中小規模の出版社が多いため、かつては上製本に取り組んでいる企業も多かった。また、観光都市である京都ならではのニーズに応じて、御朱印帳など観光関連の製品を手掛ける企業も複数存在する。全体的にバランスの取れているのが特徴だが、手帳や特殊な製本分野に特化した企業は少ないことも特徴である。
大入 創立100周年を迎えるにあたり、これまでの歩みを振り返るだけでなく、今後の100年をどう進んでいくかを考えることが重要であると考えている。京都という歴史ある土地で、製本業界が今後、どのように進化し続けるべきか、これからの取り組みが問われると考えている。
--現在の京都府製本工業組合の課題は。
藤原 組合の現状として、昨年から廃業が多くなっている。今年9月末にも1社が廃業した。組合員数の減少が激しいのが現状である。
大入 廃業が増えている主な原因として、後継者不足に加えて、仕事量そのものが減少していることが挙げられる。会社を維持していくための売上が確保できない中、廃業を選択する企業が増えている。
藤原 この100周年を機会に、そのような状況を食い止めるため、紙の製本が増えるような新たな取り組みを組合として考えていきたい。
大入 理事会では、組合員が抱える問題を支援していくための「相談窓口」を設置するという話が出ている。具体的には、京都市の商工会議所や京都府の財団などが実施している助成金など、支援の情報を提供し、企業の存続をサポートするための取り組みを進めていく計画である。
デジタル化によるメリットとデメリット
大入 デジタル化による紙離れがこの5〜10年で顕著になってきている。これが製本業界に与えている最大の問題だと考えている。
藤原 インターネットやタブレット、スマホなどデジタル機材の台頭により、紙の需要が加速度的に減少してきた。大学の入学要項は15年〜20年前までは紙でやっていたが、それはすべてデジタル化によりなくなったし、大学の論文集なども昔は作っていたが、今はデータで納品になってきていて論文集も作らなくなっている。
藤原 実行委員長
--逆にデジタル化が製本業界に与えてきた良い影響はありますか。
大入 デジタル化で本の量は減ったが、当社でも行っている「複製」の仕事については、デジタルアーカイブの技術により、従来とは次元の違う仕上がりレベルを実現できるようになり、新たな収益源になった。極めてオリジナルに近いもので、人の目では違いを判別できないほどである。
藤原 商業製本、出版製本の場合は、デジタル化によりイベント告知など、スピーディーな情報が求められる仕事は減少したが、写真集や芸術書など所有したいというニーズがある分野では、依然として紙の製本が重視されており、棲み分けができていると感じている。
また、東京での事例であるが、SNSにより先にファン層を獲得し、そのファン層に向けてその後に本を発行するというアプローチで部数を伸ばしている出版社もあると聞いている。SNSを上手に活用することが、新たに本を作る道にも使えるのではないかと感じている。
--創立100周年を機に、製本組合での思い出を振り返ってください。
大入 組合に加入して10年ほどになるが、当時はまだ製本組合にも勢いがあったように感じている。当時、「和本」を取り扱っている製本会社だけのグループを作ろうとしていたのだが、当時理事長であった藤原実行委員長の会社の先代から「一緒にやろうや」と誘われたことが、製本組合に加入したきっかけになった。吸い込まれるように入ったことを覚えている。
藤原 私は20代前半から組合に関わって25年ほどになるが、京都だけでなく、青年会で出会った全国の仲間たちとのつながりが一番の思い出になっている。今でも親会の全国大会や理事会などで会うことがあるが、これは組合に加入しているからこそのメリットだと思っている。
また、昔は組合事業でレクリエーションばかりやっていた。なので、当時の写真を見ると宴会の写真ばかりで、仕事をしている風景はほとんどない(笑)のだが、よい思い出になっている。それだけ人がたくさん集まった時代なんやなと。組合員数も100社はあったと思う。まだ子供のときに、先代に連れて行ってもらった思い出もある。
大入 私は、それがちょうどなくなった頃に入ったので、楽しい思い出はあまりない(笑)。当時の組合員数は70社をきっており、そして今では30社にまでに減っているので、これに何とか歯止めをかけていかないといけないと思っている。
大入 理事長
--京都の製本会社で、御朱印帳以外にも伝統工芸的な製本を手がけている事例などはありますか。
藤原 京都の印刷会社で美術系印刷物を請け負っている会社があるが、その会社が作る本はかなり凝っているので、そこの仕事を受けていた製本会社は、糸かがりを使用し、表紙にはホログラムを貼ったりして、特殊な製本で過去に「造本装丁コンクール」で受賞したなどの事例がある。大入理事長の会社も伝統工芸的な仕事を行っているが、大量製本、そして手作業の製本の二極化になっていることも京都の製本会社の特徴かもしれない。
大入 これからは「こだわりの本」を作り続けていける業界になることが大切だと考えている。そのための「目利き」の力も養っていかなければらない。
記念事業として「製本の100年」発行、組合のECサイト開設
--9月28日に開催される「創立100周年記念式典」について。
藤原 14時からの記念式典では、来賓等からの挨拶に続いて「優良永年表彰」として(有)文政堂、新日本製本(株)、(株)オービービーの3社を表彰する。また、100周年記念事業として記念書籍の出版と組合のECサイトを開設するが、まずは「製本の100年を振り返る(仮題)」という書籍の紹介を行う。
大入 これは、当組合の記念誌という位置付けではなく、(株)勉誠社という出版社が発行するもので、京都だけでなく「製本の100年誌」として発行するもの。当組合から8名が参加しての座談会を実施したので、その内容に加えて、当組合から提供した資料などをもとに掲載する。来春までには発行の予定で、価格は2000円。B5サイズで100ページ以上のボリュームとなる。
藤原 また、このたび組合の公式ホームページを開設したが、その中にある「ECサイト」のページについての説明を行う。
順次、組合員からオリジナル商品を集めていく予定で、これにより組合員が製作した製品をオンラインで販売できるようになる。これにより、京都の製本技術を広く全国に発信し、新たな顧客層を開拓できることに期待している。
パネルディスカッションも開催
藤原 その後は記念講演として、奈良女子大学研究員人文科学系教授の磯部敦先生をコーディネーターに、書物史研究所属 愛知医科大学非常勤講師であり、「製本」に非常に興味をお持ちという安井海洋先生、そして当組合から、私と昔の製本業界に詳しい(有)酒本製本所の酒本社長の2名が参加して、約1時間のパネルディスカッションを行う。「京都の製本100年の振り返りとその未来」のようなテーマで開催される予定である。
大入 第3部の祝宴では、組合員をはじめ、京都府・京都市、全製工連、京都印刷関連7団体の理事長などの来賓を迎え、100名程度が参加しての懇親会を盛大に開催する。
--京都製本業界での「第3の市場」への挑戦事例について。
藤原 当社は印刷組合にも加入しているが、そのほかに「喫茶店」の商社会にも入っていて、そこの理事長とも懇意にしており、喫茶店の仕事も色々とさせていただいている。喫茶店のお客さんはコーヒーを飲むだけでなく、「空間」を楽しみに来る人も多い。本を読みながら寛ぎたいという人もたくさんいるので、そこに弊社でできる何かを提案し、つながっていくことを考えている。
また、大阪府印刷工業組合では「ペーパーサミット」を催しておられるが、京都の書店・取次の業界では、2025年の年明けに「ブックサミット」という催しを開催するようなので、そこにも組合としてワークショップなどで協力し、連携していくことができればと考えている。
「こだわりの本づくり」で製本の魅力訴求。イベントの開催や連携も
大入 次の100年を見据えた時、未来ある製本業界になるためには、先ほども話したが「こだわり」の持てる本を作り続けていかなければならない。これがキーワードだと考えている。本を所有する人に「これがこだわりの1冊」と思われるような本を作っていきたい。そうなれば、製本加工賃についても「これなら高くてもしゃーないな」と言われるようになるのではないか。そのようなレベルまで、本作りを押し上げていきたい。そのための取り組みを組合としても行っていきたいと考えている。
藤原 創立100年というのは、振り返りの大きな節目だと思うので、今までの蓄積された技術の継承を考えると、理事長が話されたことは非常に大切なことだと思う。しかし、いくら作っても売れないと続けていけないので、組合としては、組合員が作った商品が販売してリターンになるような仕組みを作っていく。
その1つがECサイトであり、先ほども話したイベントとの連携などである。これにより、組合員が消費者と直接つながる機会を増やすことが大切だと考えている。
大入 今回、これまでの100年を振り返り、次の100年を考えていくという中に、色々なヒントが隠れていると思っているので、そのヒントをしっかりと掴んで、次の100年を迎えられるようにしていきたい。
藤原 紙の本の魅力を分かってくれる人は必ず一定数いるので、その人たちの"心に刺さる本"をこれからも作っていきたいし、それが我々の使命であると思う。情報伝達の手段は多様化しているが、大切なのは「情報の重み」であると考えている。情報の重みのある本は今後も残っていくと思うので、我々は本の価値を見直し、さらに高い品質とデザイン性を追求していく必要がある。
読者に感動を与え、心に残る一冊を作ることが、製本業界の明るい未来を切り開く鍵になると信じている。