既成概念からの脱却〜革新技術で印刷業界の成長を牽引
HP Inc.(本社/米国、以下「HP」)は今年3月、さらなる高速化や生産性向上を可能としたHP Indigo デジタル印刷機の第5世代(シリーズ5)や第6世代(シリーズ6)をはじめとする革新的なデジタル印刷機のフォートポリオを発表した。HPがこれら新製品群の市場投入で目指しているのは、印刷業界における「アナログtoデジタル」の支援だ。今回、(株)日本HP 常務執行役員 デジタルプレス事業本部 本部長の岡戸伸樹氏に、HPのデジタル印刷技術が印刷業界にもたらす可能性などについてうかがった。
岡戸 氏
HPが掲げる3つの事業戦略
HPでは現在、新たな事業戦略として、「ADVANCE(前進)」、「DISRUPT(破壊と創造)」、「TRANSFORM(変革)」の3つの柱を推進している。
「ADVANCE(前進)」は、HPの事業の大半を占めるPC事業やオフィスや家庭向けのプリンター事業が対象であり、HPがワールドワイドでトップシェアを獲得している分野でもある。
「DISRUPT(破壊と創造)」は、今後のHPの成長を牽引していく事業として位置付けている。この事業には、我々のデジタルプレス事業や3Dプリンティング事業が含まれている。
この事業分野の市場規模は、ワールドワイドで約5.5兆円とされており、現時点ではそれほど大きくないが、これから成長が見込める分野であり、HPでは「ADVANCE」の市場規模と同等、あるいはそれ以上の成長が期待できる分野であると考えている。
「TRANSFORM(変革)」は、主にHP内部におけるデジタルトランフォーメーション(DX)を進めていくことで、コスト削減による利益率の向上などを図り、それによって抽出された利益を技術開発などの投資に活用していく取り組みである。
消費者が力を持つ時代となったマーケットへの対応
現在のマーケットは、過去にないほど消費者が選択の力を持っている時代といえる。過去を振り返ると、これまでマーケットでは、メーカーが力を持っていた。インターネットが今ほど普及していなかった時代では、消費者が自身で得られる情報に限りがあり、そのためメーカーが発信する情報だけを頼りにするしかなかった。つまり供給側に力があったということ。それが約20年前頃だと思う。その後、大型商業施設をはじめとする流通系の規模の拡大により、その力はメーカーから流通へと移っていった。それが約10年前になる。
しかし、インターネットの存在が当たり前のようになった現在では、消費者は、売り場に足を運ぶことなく、オンラインで必要なものを購入できるようになった。これにより販売店側のビジネスモデルが少しずつ崩れ、また、膨大な情報があふれ出ていることから消費者は、一律に送られてくる汎用的な情報には見向きもせず、必要とする情報だけを自分で収集するようになった。この結果、購買におけるパワーバランスは、完全に消費者に移っていった。
一方でオンラインによる購買が普及することでメーカー側は、消費者の購買行動をデータとして把握できるようになった。これにより消費者が、いつ、何を購入したか、また、どんなカテゴリーの商品を選択しているか、といった情報が可視化できるようになった。
このように変化したマーケットでは、オフセットのような大量で画一的な情報を印刷し、また、あくまでも送り手側のタイミングで消費者に届ける印刷物ではなく、購買履歴などのデータを活用し、消費者が求めている商品情報、そして消費者が欲しているタイミング、あるいは購買につながるタイミングで届けることが重要である。これを実現できるのが、可変印刷や多品種小ロット印刷を効率よく行えるデジタル印刷機であり、今の消費者の購買行動に柔軟に対応できる生産機であると言える。
イノベーション×オートメーションで加速させる印刷の再定義
印刷業界には、2つの舵取りが必要だと考えている。1つは、イノベーションである。これからの印刷会社は、いわゆる受注産業から脱却し、提案力を兼ね備えた営業活動、具体的にはブランドオーナーや、その先の消費者ニーズを把握した提案活動が急務となる。市場や業界の変化を的確にとらえ、消費者が求める、あるいは購買意欲をかき立てるアプローチ手段をブランドオーナーに提案できる力を、これからの印刷会社は身に付けていかなければならない。つまり「受注型」から「創造型」に変化すること、これがイノベーションである。
もう1つがオートメーションである。これは生産における最適化を図ることで、大量のジョブを処理できるプラットフォーマーとしての機能といえる。
このイノベーションとオートメーションの2軸に印刷業界も舵を切っていく時代になったのではないか。
実際にこれまでの印刷業界は、オフセットを中心としたレッドオーシャン、具体的には「価格」が競争優位の筆頭であった。その結果、収益バランスが大きく崩れ、多くの印刷会社が経営危機に陥っているのではないだろうか。この旧態依然のビジネスモデルを破壊し、付加価値創造と高効率生産による収益性のある新たなビジネスモデル、つまりブルーオーシャンに印刷業界はシフトしていかなければならない。そのための生産設備の1つが生産機としてのデジタル印刷機である。
HPはdrupa2016以降、デジタルプレス事業では、約500億円の開発投資を行っている。
これからの成長が期待できる分野であるがゆえに参入する企業も多い。当然ながら、デジタルプレスの技術開発には、膨大な投資が必要となる。しかし、ハードウェアだけの進化では、ユーザーが抱えているすべての課題を解決することはできない。デジタルプレス自体の機能性が向上しても、仕事がなければ、まったく意味がない。
HPでは、市場開発チームを編成し、デジタルプレスを活用したブランドオーナーの新たなマーケティング手法の調査・研究や印刷会社がブランドオーナーに対して、デジタルプレスの特性を活かした価値の高い提案していくためのサポートも積極的に行っている。
「破壊と創造」を具現化する新製品群
今回、アナログからデジタルへの移行を支援する多彩な新製品を発表した。その1つがノンストップで高速印刷を実現する「HP Indigo100K デジタル印刷機」だ。
「HP Indigo100K デジタル印刷機」は、これまで生産性の面でデジタルプレスの導入を躊躇していた印刷会社に対して、自信をもって提案できる製品である。まさに、アナログtoデジタルを加速させる本格的な生産機である。デジタルプレスの柔軟性とオフセット印刷機の信頼性を兼ね備えた機種である。搬送機構の改良やジョブ切替プロセスの最適化など、細部にわたる改善の結果、B2カラーで毎時6,000枚、月産100万枚の生産能力を提供する。
HP Indigo 100K デジタル印刷機
インクジェット機では、「HP PageWide Web Press T250HD」を発表した。
新製品では、その品質の限界を破壊するために、新たなインクを採用するとともに、印刷可能な用紙を広げる機能を搭載している。これにより従来のトランザクションや書籍印刷などの領域から、ポスターやDMといった商業印刷分野にも積極的に提案していく。
HP PageWide Web Press T250HD
ラベル&パッケージ向けには、第6世代のLEPxという新技術を採用した「HP Indigo V12 デジタル印刷機」を発表した。この新製品は、120m/分というフレキソ印刷機同等の生産性を実現する第6世代機と位置付けている。
HP Indigo V12 デジタル印刷機
HPでは、長らく印刷胴の機構を変えることはしてこなかった。今回、自社の技術についても改めて見直しを図り、これまでのスピードの限界を超えるために何が必要なのか、といった自社の製品プロダクトの設計においても自ら破壊し、新たな技術として創造している。
また、PrintOSについても進化を遂げている。これまでのPrintOSは、オペレータの作業を支援することを目的としていたが、進化したPrintOSxでは、生産管理者やブランドオーナーまで、印刷ビジネスに関連するすべての方とメリットを共有できるものとなっている。
現在、日本HPでは、新型コロナウイルスによるユーザーの事業活動支援として、これまで有償で提供していたPrintOSのモジュールを期間限定ではあるが、無償で提供するサービスを開始している。併せて、ウェビナーを開催して、便利な使い方などを解説する取り組みを継続的に実施している。
印刷を再定義するために求められるのは印刷会社側の意識改革
我々は、デジタルプレスの機能性だけを重視したプロモーションは、まったく考えていない。おそらく機能性だけで導入されても、安定した稼働を行っていくことは難しいと思う。だからこそ、ブランドオーナーをはじめ、外部環境の変化を印刷会社の皆さんに理解いただき、その上でデジタル印刷機の活用法をともに模索していきたい。そのためにも経営者、生産現場のスタッフ、そしてクライアントとの窓口である営業スタッフの三位一体となった意識改革が必要であると考えている。
経営者の方には、デジタル印刷機を導入することで生まれる経営的なメリットや将来を見据えた経営戦略の構築を、生産現場のスタッフには、これまで実現できなかった効率的な生産計画をデジタル印刷技術で確立すること、そして営業スタッフについては、「価格」を最大の武器としてきた体力勝負から脱却し、デジタル技術を駆使した、今までにないサービスの提案・提供、など、それぞれの立場での意識改革を進めていくことで、印刷の再定義をさらに加速させていきたい。