モリサワ、「印刷・出版」に軸足、コア技術活かして新市場へ
2017年1月1日
新たなブランド戦略へ 〜 台湾、韓国、米国の海外事業も本格化
「文字を通じて社会に貢献する」--基盤ビジネスとしての印刷出版業界に軸足を置きながら、コア技術を活かして新たな市場や新製品に向けた取り組みを加速させる(株)モリサワ(森澤彰彦社長)。印刷出版業界やデザイナーの世界で培ってきたモリサワブランドがほとんど通用しない新市場において、新たな価値観によるブランド戦略に乗り出している。一方、2014年に設立した台湾、韓国、米国の現地法人も市場調査の段階からフォントビジネスを中心とした事業化へと歩み始めた。そこで今回、昨年末に森澤社長と森澤武士常務取締役が出席のもと開催された事業報告会から、モリサワの事業環境や実績、重点事業の展開などを紹介する。
森澤彰彦社長(右)と森澤武士常務
新規顧客創造に向けたブランド戦略を
同社は2014年から3年間の第二期中期計画を実行しており、今年度はその最終年度にあたる。「基盤ビジネスとしての印刷出版業界に軸足を置きながら、コア技術を活かして新たな市場や新製品に向けた取り組みを継続する」というのが大枠の方針である。
新市場への展開について森澤社長は「最大の課題は、印刷出版業界やデザイナーの世界で通用していたモリサワブランドがほとんど通用しない点。既存ビジネスの価値観とはまったく異なる発想が必要」とする一方で、既存市場についても「技術革新が急速に進み、フォントをはじめとした我々の強みが現状のまま続くとは限らない」とし、新規顧客創造に向けたブランド戦略の必要性にも言及している。
同社の2016年2月期の売上高は129億5,000万円(前期比2.7%増)。事業別で見てみると、まずプリンティング事業では、国の予算(補助金制度)を利用した設備投資の継続、一部マイナンバー制度の導入によりまとまった台数のデジタル印刷機納入など、特需により目標を大幅に上回った。また機材販売における利益率向上の取り組みが実を結び、収益面も改善している。
一方、フォント販売事業では、提供開始12年目に入ったモリサワパスポートが現在も契約台数を伸ばしており、同社の収益拡大に大きく寄与している。
なお、2017年2月期の売上高は130億円を見込んでいる。
「基盤ビジネス」と「成長ビジネス」
第二期中期計画における重点事業は、基盤ビジネスとして「モリサワパスポート」「MC-Smart」「MVP」「印刷関連 資機材販売」の4事業、成長ビジネスとして「フォントOEM」「TypeSquare」「MCCatalog+」「電子書籍」「海外事業」の5事業がある。
【基盤ビジネス】
▽モリサワパスポート
現在の契約の伸びは一般企業中心の新規市場における増加が寄与している。「『今後、どのような付加価値を提供するべきか』については、第3期中期経営計画の重要な課題になる」(森澤社長)
▽MC-Smart
写植の時代から培ってきた組版技術を投入した専用ソフト。アドビインデザインなど汎用DTPソフトの機能向上で市場の寡占化が進み、かつてのような出荷台数は見込めないものの、バッチ処理や学参関連の組版での処理能力の優位性、導入後の手厚いサポート体制などに高い評価を得ている。「ニッチ市場だが、顧客の声に耳を傾けながら新たな方向性を探っていく」(森澤社長)
▽MVP
可変印刷ソフト。小規模のバリアブル印刷にマッチした商品として中小印刷会社やプリンターメーカーから支持を得ている。「今後はクラウド展開なども視野に入れ、新たなサービス展開の機会を広げられるような製品にしていく」(森澤社長)
▽印刷関連 資機材販売
収益基盤として重要な位置付け。
【成長ビジネス】
▽フォントOEM
モリサワフォントのブランド力が通用しない組込み市場に向けて訴求力のある開発を進め、以下の3点の製品や市場開発を進める。
(1)中国語認証ビットマップフォント
中国市場で販売する機器に搭載するフォントは、中国政府の認定機関であるCESIが認定した中国語フォントを購入するしかなく、基本的に中国のフォントメーカーに依存した状態にったが、昨年同社はモリサワが制作したオリジナルの中国語フォントの認証を取得することに成功した。
「従来、日本企業が中国向けに販売する機器の企画や開発、製造にあたっては、中国政府認証フォントの入手に大きな手間や費用が掛かっていた。当社がオリジナルの認証フォントを提供可能になったことで、国内企業は中国向けの組込みビジネスで、かなりのアドバンテージを得ることができる」(森澤社長)
(2)車載関連機器への拡販、研究開発
今後、従来のカーナビゲーションシステムに留まらず、コンソール(各種車載パネル)内で表示されるフォントに要求される機能や品質が多様化するものと考えられる。同社はユニバーサルデザインフォントや、輝度や照明の変化でフォントウェイトを変化させる実証実験を含めた機能開発をグループ会社のリムコーポレーションと連携して継続し、自動車産業に製品や部品を供給するメーカーへの訴求力を高めていく。
(3)MORISAWA App Tools
現在、組込みフォントの分野でもっとも成長の著しいのが携帯端末向けのアプリ市場。ゲームソフトに代表されるこの分野では、企画から調達に至るスピード感が最優先されるため、個別契約に時間を掛ける従来の組込みビジネスのスキームが通用しない。
そこで同社はアプリ業界から要求される仕様許諾の内容を、予めエンドユーザーライセンスに盛り込んで定型化し、従来契約書の作成に要していた時間を不要とする「MORISAWA App Tools ONE」を昨年10月にリリース。モリサワパスポートのノウハウを取り入れ、PC1台あたり7万2,000円/年でモリサワフォント341書体が利用できる。すでに大手ゲームメーカーを中心に、多数の引き合いを受けている。
▽TypeSquare
Webフォントサービス。「将来のWebを支える標準技術になることは間違いないと確信し、今後も注力する」(森澤社長)
市場への訴求ポイントとしては、まず「ブランドイメージの向上」がある。高級ブランドメーカーや、大手メーカーを中心に、広告物で使用する書体を厳格に定めている企業が多い。これまで閲覧するPCに入っているフォントごとに表示イメージが変わってしまうWebサイトでは、ブランドイメージやその世界観のコントロールは困難だったが、TypeSquareを利用することでPCに入っているフォントに依存することなく、印刷物のイメージと同じ書体でWebサイトを見せることができるようになる。
2つ目の訴求ポイントは「デバイスの多様化への柔軟性」。従来のようにフォントを画像化してWebサイトを作成している現状は、PC、スマホ、タブレットなど、表示画面のサイズが異なるそれぞれのデバイス用にデータを用意する必要があり、時間と手間を要していた。すべての文字情報をテキストで保有するTypeSquareであれば、デバイスの差異にも柔軟に対応することができ、制作コストを大幅に軽減できる。
3つ目の訴求ポイントは「アクセシビリティの優位性」。文字情報をテキストで持つことができるということは、検索時の優位性が高くなる利点がある。これに加え、視覚障がい者が必要とする読み上げ機能に容易に対応させることが可能。今年4月に施行された「障害者差別解消法」により、とくに自治体においては視覚障がい者に対して「合理的配慮」が義務づけられることになった。これらの法規制や指導は、将来一般企業にも波及することが予想され、すべての人に公平な社会を実現するユニバーサルデザイン推進の観点からも、Webフォントの優位性が注目されることが期待される。
▽電子書籍
電子書籍の業界はアマゾン(キンドル)のサービスに代表されるように読み放題サービスが主流になってきており、単体コンテンツで直接利益を上げにくい状況になっている。「これまで比較的順調に伸びてきたと思われるビジネススキームが、この先はどう変化するかの見通しが立たない不透明な状況が続く」(森澤社長)
電子書籍による収益のひとつが「MCMagazineによるNewsstand定期購読アプリ」である。5年前からMCMagazineの販売を開始し、現在ではNewsstand販売中の全505誌中199誌(2016年11月現在)で採用されている。これはNewsstand全体の約4割となり、他社に比べて圧倒的なシェアを獲得している。
「年間でのロイヤリティ収入を得るストックビジネスであり、安定した収益を確保できるので、これからも慎重を図りたいところだが、読み放題サービスの拡大によりこれから先は頭打ちの傾向が出てくるのではないかと予想している」(森澤社長)
▽MCCatalog+
電子書籍開発で得た技術を横展開、応用したビジネス。事業の開始時はクライアント(コンテンツホルダー)と印刷会社をMCCatalog+でつなぐビジネスプランを計画したが、東京オリンピックに向けて社会情勢がインバウンドに傾倒しはじめたことや、「障害者差別解消法」の施行などが同時期に始まったことで、自動翻訳機能やポップアップ機能、自動読み上げ機能の強みを活かし、当初の狙いとは異なったターゲットに絞り込んだ販促活動を展開している。
(1)各省庁のインバウンド施策と連携
2020年東京オリンピックに向けて、訪日外国人向けのサービスを経済産業省、総務省がそれぞれ計画し、国内各地域で「おもてなしICTプロジェクト」として実証実験を開始する。そのプロジェクトで、集合型情報アプリであるMCCatalog+が採用アプリのひとつに選ばれ、これから始まる実証実験に採用されることになった。
(2)自治体への販促活動
「障害者差別解消法」の施行により各自治体は、地域の障がい者に向けて合理的な配慮をともなうサービスの実施が義務づけられた。そこで同社はMCCatalog+で広報を住民に配信するサービスを提案。また最近では外国人の居住者を多くかかえる自治体が増えており、自動翻訳機能も評価につながっている。
(3)個別対応OEM版
携帯端末上のアプリである「カタポケ」はあくまでも集合アプリなので、他社のコンテンツ情報もその中に含まれている。企業が消費者向けに行うサービスや、閉ざされたグループ内での運用では集合アプリは使いにくいため、単独利用ができる個別OEM版への対応も始めている。
韓国、台湾、米国でEC販売事業展開
同社は2014年に韓国、台湾、米国に海外現地法人を設立し、活動を開始している。「海外マーケットにおいても当社の一番の強みは日本語であること。今まではどの分野でその強みが活きるのかを市場調査することが主な活動となっていた」(森澤社長)
具体的な事業内容としては、基本的にEC販売が中心となっているが、日本の同社営業部門、法務部門との連携を密にとり、現地の企業からの個別要求にも対応できる体制を取ることで徐々に案件を獲得している。
とくに一昨年10月に米国のAdobe MAXで、Typekitへの同社及びグループ会社のフォント提供を発表して以降、欧米圏からの引き合いが増加している。米国での案件が増えたこともあり、急ピッチでTypeSquare、およびデスクトップ利用のためのフォントダウンロードサービスを立上げ、昨年10月にスタートした。このデスクトップフォントのダウンロードサービスは韓国、台湾でも12月から開始されている。
CSR活動とトピックス
同社はJPSA(日本障がい者スポーツ協会)のオフィシャルパートナーとして昨年もJPSA主催の競技大会の観戦活動を通じ、とくに同社社員に向けて障がい者スポーツに対する理解を深める活動に取り組んできた。
「障がい者をきちんと理解し、共生社会を実現することは、まさに多様性を認め合うことに繋がる。世界では排他的な方向に向くことが危惧されるような結果がいくつも出てきているが、自分と異なるもの、異なる世界、異なる分野を理解し、製品にフィードバックすることが今後、我々企業にも求められるのではないか」(森澤社長)
その他のトピックスとしては、「モリサワタイプコンペティション2016」の開催がある。
タイプデザインコンペティションは、1984年に初めて開催した「モリサワ賞 国際タイプフェイスコンテスト」以来、30年以上にわたり、各界を代表する多彩な審査員とともに、新たな表現力とチャレンジ精神に溢れたタイプフェイスデザインの追求を目指して開催されているもの。和文部門と欧文部門それぞれに世界中から応募があり、リニューアルして開催された2012年と2014年のコンペティションでは、世界の20を超える国と地域から、あわせて1000点あまりの作品が寄せられた。
また、昨年末には「タイプデザインコンペティション2016」の審査結果も発表され、今回は世界49の国や地域から、前回を大幅に上回る739点(和文部門205点、欧文部門534点)の作品が寄せられた。
審査の結果、和文部門、欧文部門とも、独創性や審美性を追究した作品に贈られる「モリサワ賞」として、金賞、銀賞、銅賞各1点ずつと佳作各3点、モリサワからの製品化にふさわしい優れた作品に贈られる「明石賞」として各部門1点の入賞作品が選出された。また、「ファン投票」では、一般からのWeb投票で得票1位・2位の作品が決定した(詳細既報)。
また、「第4回Webグランプリ 企業グランプリ受賞」も同社のトピックスである。
一昨年リニューアルした同社コーポレートサイトが、公益社団法人日本アドバタイザーズ協会が主催する第4回Webグランプリで企業グランプリのBtoBサイト賞を受賞した。
「現在の当社は新たなマーケットに向けてフォントの価値をどのように届けるべきかを探っているところ。今回の受賞は、当社を伝える上で大きな役割を持つコーポレートサイトが、グランプリをいただけたことは、社員一同の大きな励みになった」(森澤社長)