PJweb news

印刷産業のトレンドを捉える印刷業界専門紙【印刷ジャーナル】のニュース配信サイト:PJ web news|印刷時報株式会社

トップ > 特集 > 印刷DX 2021:DXで生産性向上と付加価値創出[DX推進PT 福田浩志委員長に聞く]

 あらゆる産業において、新たなデジタル技術を利用してこれまでにないビジネスモデルを展開する新規参入者が登場し、ゲームチェンジが起きつつある中で、各企業は、競争力維持・強化のために、デジタルトランスフォーメーション(DX:Digital Transformation)をスピーディーに進めていくことが求められている。経済産業省が示すDXのガイドラインによると、「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」と定義され、「DX」が単なる「デジタル化」ではないことを示している。そんな中、全日本印刷工業組合連合会(滝澤光正会長)では、「令和版構造改善事業」を打ち出し、その取り組みの中核を担う構想として「印刷DX推進プロジェクト」を立ち上げた。ここでは「印刷業のDX」とは、デジタル技術の活用により、印刷産業が抱える課題を改善し、生産の効率化やビジネスモデルの変革を促進することで印刷産業全体に構造改革をもたらすことを目的としており、コロナ禍がもたらした「ニューノーマル」の世界において、業界から大きな期待が寄せられている。そこで今回、この「印刷DX」に焦点を当て、その概念をはじめ全印工連のプロジェクト、それを取り巻く社会背景や具体的なDX戦略、メーカー・ベンダーによるソリューションなどを特集し、「印刷企業のDX戦略」に迫る。

特集一覧へ

DXで生産性向上と付加価値創出[DX推進PT 福田浩志委員長に聞く]

未来の印刷産業を具現化〜生産協調で収益構造を改善

印刷ジャーナル 2021年6月25日号掲載

 全日本印刷工業組合連合会(全印工連、滝澤光正会長)では、ブランドスローガン「Happy Industry〜人々の暮らしを彩り幸せを創る印刷産業〜」を目指し、令和版構造改善事業に着手している。その取り組みの中核を担う構想として「印刷DX(デジタルトランスフォーメーション)推進プロジェクト」を立ち上げ、昨年度より本格的な活動を開始した。今回、同プロジェクトチームの福田浩志委員長に、改めて全印工連が推進する印刷DXの概要や目的、そして今後の展開などについて聞いた。


福田 委員長

 「印刷DX推進プロジェクト」とは、組合員に参加を募り、参加企業の協業による「生産協調」を推し進めることで効率的な生産体制を確立し、供給過剰による低収益構造から高収益構造にシフトしていくことを支援するもの。これにより参加企業は、オープンプラットフォームによる生産管理システムと受発注マッチングシステムを共有することで、より効率的な生産体制を構築できるようになる。

 DXは、デジタル化とは違うと認識して欲しい。デジタル化とは、あくまでも手段であり、DXは、産業構造を改革することを目的としている。そのため全印工連では、印刷産業におけるDXの定義を「デジタル技術とデータの活用により、印刷産業が抱える諸問題を改善し、生産の効率化やビジネスモデルの変革を促進することで、印刷産業全体の構造改革をもたらし、印刷産業が光り輝く産業として変貌を遂げ、Happy Industryとなること」としている。


経済産業省の調査から見えた印刷産業の課題


 全印工連では、経済産業省に対し、国として印刷産業の実態調査の実施を要望してきた。その要望が通り、2019年度の事業として「印刷産業における取引環境実態調査」として取りまとめられた。その調査から「設備稼働率の悪化」「生産設備の供給過剰」「受注単価下落による営業利益の低下」「収益管理が行えていない」「経営者の高齢化による事業承継の問題」などが印刷産業の課題として浮き彫りとなった。

 「設備稼働率の悪化」と「生産設備の供給過剰」は共通課題と捉えており、生産設備が市場に溢れていることから必然的に稼働率が低下し、結果として生産性が上がらない。「受注単価下落による営業利益の低下」は、縮小傾向にある市場では、価格競争が激化し、その結果、営業利益を生み出すことが難しくなっていること。営業利益が低下すると新たな設備投資もできず、より生産性が落ちていくといった負のスパイラルに陥っている。

 また、デジタル技術を活用したシステム化が行われておらず、正確な収益管理ができていない印刷会社も少なくない。そのような会社では、赤字受注なども当たり前のように行われている。

 これらの課題を解決する手段として「様々な企業連携」「個々の得意分野の把握」「得意領域の組み合わせ」「稼働情報データの連携」「管理コストの引き下げ」を実行することで印刷産業の底上げを図ることが重要である。これを実現するのがDXであり、生産性向上と付加価値創出を目指していくものである。


得意分野に経営資源を集中投下


 全印工連が想定しているスキームの1つとしては、主に印刷製造を担うファクトリー機能と付加価値提供を担うサービスプロバイダー機能を業務基幹システムでつなげ、稼働状況やエリアや納期などの共有する情報などから最適なファクトリーを選択・発注できる環境の整備を目指していく。これにより産業全体の生産性を向上させ、その効率化によって発生した余力を付加価値創出にシフトさせ、印刷製造以外の付帯サービスへの取り組みによる収益向上につなげていく。

 DX導入による生産協調を進めることで、生産を縮小あるいはサービスに特化する会社は、顧客接点を最大化することに経営資源を投下し、高い付加価値を創出していくことに集中できる。

 一方、生産に経営資源を投下する会社は、さらなる生産性向上によりスマートファクトリー化を推し進め、高効率生産が可能となる。


DXとは現代版の「デジタル共創ネットワーク」


 DXの構図として、付加価値を創出するサービスプロバイダー側と生産に特化したファクトリー側に分かれると認識している組合員も多いかもしれない。しかし、市場がシュリンクする中で、サービスプロバイダー側でもファクトリー側でもコロナ禍によって経営資源は、逼迫しているはず。そのため自社の得意分野に投資することはできても、それ以外の分野には現実的に不可能といえる。その足りない部分を生産協調で補うことが必要となってくる。

 かつて全印工連では、組合企業同士で自社の強みや弱みを補完し合うことを目的とした「共創ネットワーク」を提唱している。現在、我々が推し進めているDXは、この「共創ネットワーク」を現代版として、デジタルの力を活用したかたちで構築するもの。つまり「デジタル共創ネットワーク」とも言える。自社の強みを最大限に発揮できる環境を生産協調によって生み出すことで生産の効率化、収益性の改善を目的としている。そのため必ずしもサービスプロバイダーとファクトリーのどちらかに自社を当てはめる必要はなく、あくまでも自社の強みをさらに極め、苦手な分野については生産協調で補っていくと理解して欲しい。


DXに関する疑問や不安を払拭


 DXのネットワークには、規模に関係なく、様々な業態の印刷会社が参画し、それぞれの強みをシェアし合う場となる。また、1つのネットワークにすべての組合員が属するものではなく、全国各地域で様々な強みを持ったネットワークが構築されていくとイメージしてもらいたい。

 例えば地域特性に特化したネットワークや単色印刷に特化したネットワークなど多種多様なネットワークを構成することができる。

 これはDX視点では生産協調だが、参加企業視点ではBCP対策にもつながっていく。つまり我々は、仕事をシェアできる環境を整備・提供するだけで運用については、参加企業が最適な運用方法を協議して設定することができる。

 また、DXの仕組みについて、いわゆる印刷通販と混同している方も多いが、まったく違うということを理解して欲しい。印刷通販は、低価格を全面に打ち出した印刷サービスである。DXは、価格競争を行うネットワークではなく、印刷会社同士が、発注する印刷仕様や印刷部数、印刷仕上がり品質など、あらゆる条件を考慮して、その時点で最適な発注先を選択するもの。ですから印刷通販と競合する仕組みではなく、あくまでも生産協調によるメリットを享受できる仕組みとして活用してもらいたい。

 DXを運用することで生産協調を実現する仕組みを構築することはできる。しかし、一方で付加価値を生み出すには、どうすればいいのか、という組合員も多い。当然の疑問であるが、これについては、産業戦略デザイン室が、昨年1年間を通じて、DX導入後の印刷産業の新たな成長戦略について議論を重ね、そして今般新たに成長戦略提言書として発刊する「構造改革への道 INSATSU 未来トランスフォーメーション」を参考にして欲しい。


JDF連携が運用のポイント


 全印工連が提供するDXのシステムとしては、付加価値創造のための組合員間受発注システム「JSP=Job Sharing Platform」、生産性向上のための生産管理システム「JWS=Job Workflow System」、経営の見える可のための業務基幹システム「MIS=Management Information System」がある。

 「JSP」は、全印工連がオリジナルで開発したシステムで、参加する組合員間の円滑な受発注を実現するもの。

 「JWS」については、富士フイルムビジネスイノベーションの「プロダクションコックピット」の使用許諾権を取得している。「プロダクションコックピット」は、ベンダー横断型のオープンプラットフォームであることが採用の背景にある。受発注データは、JDFに変換して流し込まれるので印刷から加工までの全工程を自動的に管理・最適化してくれる。

 「MIS」については、自社の見える化ツールとして幅広く利用を促していきたい。この部分は、DXへの取り組みという観点とは別に、手書きなどのアナログ業務からデジタル化を推し進めていくことができればと考えている。

 現時点では、推奨MISの1つとしてNECネクサソリューションの「SP-MULTI」の使用許諾権を取得している。MIS未導入の組合員企業に対しては、IT化の実装のファーストステップとして、ぜひ、数値管理による経営の見える化などに取り組んでもらいたい。

 DXシステムの流れとしては、サービスプロバイダーは、発注と同時にグループ内のファクトリーから自動で見積を受け取ることができる。サービスプロバイダーは、各社の見積を確認した上で自社に最適なファクトリーを選択して発注を行う。また、ファクトリーには、繁忙期や閑散期など稼働状況に応じた価格設定ができるダイナミックプライシング機能も用意している。

 受発注データはJDFに変換され、生産管理システムに移管される。これによりジョブの進捗状況や機械の稼働状況なども受発注側の双方で確認することができる。

 海外では、JDFの運用によるスマートファクトリー化が進んでいるが、国内では、まだ少数に留まっていると思う。そのためDXでは、すべてのデバイスとのJDFによるインターフェースを目指していく。また、JDF連携については、多くのメーカーの協力のもと、様々な機器がつながるようになっているが、今後もメーカー各社の協力と理解を得た上で真のJDF連携によるスマートファクトリー化を目指していきたい。


今年度より運用トライアルを開始


 今期の事業計画としては、これらシステムを組合員に提供していくこと。そのためには、改めて印刷DXへの理解を深めてもらうために、積極的に情報発信を行い、疑問や不安を払拭していきたい。

 全国モデル地区でのトライアル参加企業の募集も6月中に行い、早ければ7月には、テスト運用を開始できればと考えている。

 また、あくまでもモニターとして参加してもらうため、トライアルにおけるランニングコストは、全印工連側で負担していくが、イニシャルコストについては、参加企業各社での負担をお願いしている。今後は、経済産業省などと連携し、参加企業のコスト負担を軽減できるような仕組みを構築できればと考えている。