PJweb news

印刷産業のトレンドを捉える印刷業界専門紙【印刷ジャーナル】のニュース配信サイト:PJ web news|印刷時報株式会社

トップ > 特集 > [インタビュー]DXで産業全体の生産性向上を:デジタルトランスフォーメーションで産業全体の生産性向上を

今年5月、全日本印刷工業組合連合会の新たなリーダーに就任した滝澤光正会長(滝澤新聞印刷(株)社長)。コロナ禍での厳しい船出となった滝澤会長であるが、今年度のスローガンとして「令和版構造改善事業」を打ち出し、その取り組みの中核を担う構想として「印刷DX(デジタルトランスフォーメーション)推進プロジェクト」を立ち上げ、本格的な活動を開始した。今回、滝澤会長に、「印刷DX推進プロジェクト」の概要や同プロジェクトが目指すべき方向性などについて聞いた。

特集一覧へ

デジタルトランスフォーメーションで産業全体の生産性向上を
[全日本印刷工業組合連合会・滝澤光正会長に聞く]

令和版構造改善事業に着手〜生産連携・協調で収益構造改善へ

印刷ジャーナル 2020年7月25日号掲載

 今年5月、全日本印刷工業組合連合会の新たなリーダーに就任した滝澤光正会長(滝澤新聞印刷(株)社長)。コロナ禍での厳しい船出となった滝澤会長であるが、今年度のスローガンとして「令和版構造改善事業」を打ち出し、その取り組みの中核を担う構想として「印刷DX(デジタルトランスフォーメーション)推進プロジェクト」を立ち上げ、本格的な活動を開始した。今回、滝澤会長に、「印刷DX推進プロジェクト」の概要や同プロジェクトが目指すべき方向性などについて聞いた。

滝澤 会長


「連帯」「共済」「対外窓口」を再認識

 47都道府県の多くで印刷会社は、事業所数や従業員数ともに製造業でトップ3に入る産業である。各地における地場産業としての地位を確立している全国の印刷会社によって構成される全印工連の会長職を任されたことに重責を感じている。しかし、選任された以上、全国の組合員企業の発展および業界のさらなる発展に誠心誠意尽くしていきたい。

 会長就任の挨拶の中で組合の存在意義として、かつて水上光啓 元会長が提唱された「連帯」「共済」「対外窓口」の3つの機能を改めて説明した。

 現在のコロナ禍の市場環境において、多くの組合員企業が経営の危機にさらされている。実際に全国の理事長から、各地域の厳しい現状が多く報告されている。

 そのような状況だからこそ、組合の存在意義である「連帯」「共済」「対外窓口」の機能が問われてくる。同じ立場の中小印刷会社が集まることによって、1社単体では、とても解決できないことを、正しく集うことによって、大きな声として行政や社会に対して発信していくことで、業界共通の経営課題の解決につながっていく。

 新型コロナウイルスの感染拡大の終息が未だ見えない中、多くの経営者の皆さんが不安を抱えながら、日々の業務にあたっていると思う。そんなときこそ組合に集い、連帯を図ることで、問題解決のヒントになる情報交換を行う場として有効活用してもらいたい。また、各種補助金の情報なども1社単独では、申請手続きなど、わからないことが多くあるはず。その場合でも、全国に多くの仲間が存在する組合のネットワークを活用することで、より有益な情報を得ることができる。

 新型コロナウイルス感染拡大防止の観点から、全国各地で開催を予定していた今年度上期の地区印刷協議会については、Web会議システムを活用した理事長会と各委員会に変更して開催した。その中でも各地における新型コロナウイルスの影響について、意見交換を行った。コロナショックの影響は、各県によって様々で、また、同じ県内においても業態によって、その影響に差があることも確認できた。

 例えば、官公需ついては、従前と変わりないという地域もあれば、予定されていた発注がストップしたというケースもある。また、各種補助金の申請状況や緊急事態宣言下でのテレワークの実施状況なども確認することができた。

過去からの課題〜生産の集約化〜

 今年度のスローガンとして印刷産業の構造改革を掲げさせてもらった。

 我々、印刷産業が現在、抱えている大きな課題は、印刷物の出荷額が減少していること。それに対して、生産環境が「供給過剰」の状態にあること。印刷の需要が減っていく中で、各印刷機械メーカーの技術革新により、印刷機自体の生産性は飛躍的に向上している。この努力に対しては敬意を表するものだが、相対的な印象として、全体の需要に対し、供給過多の状況にあると考えている。その結果、価格下落など、印刷会社の収益構造を脅かす事態が発生している。これに対して何らかの施策を打ち出さなければということを模索していた。

 全印工連では、経済産業省に対し、国として印刷産業の実態調査を実施していただくようかねてから要望してきた。その要望が通り、2019年度の事業として「印刷産業における取引環境実態調査」として取りまとめられた。その調査結果を見ると、印刷会社の設備稼働率は70%を下回っている。しかし、この数値は、印刷準備時間なども含まれていることから現実の設備稼働率は、さらに低いことが予想される。

 業界の先輩方が昭和30年代から60年代にかけて、構造改善事業を国の助成を受けながら行ってきた経緯がある。かつての構造改善事業は、まさに生産性向上を目指すもので活版印刷からオフセット印刷への転換というコンセプトのもと、生産設備の合理化や近代化などに取り組んできた。

 その目的としては、革新技術を導入して省力化を図り、生産性を上げることや生産の一貫性や規模拡大が必要であるとか、あるいは中小印刷業は零細過多であって、1社での新技術の導入が困難であることから、零細過多性を克服する合理化が必要である、といったことが昭和46年の近代化基本計画に唱われている。

 この零細過多を克服する手段として、集約化あるいは協業といったことが求められていた。当時の背景として、高度経済成長期であったことから、技術革新や省力化で各会社の生産性を上げることについては一定の効果があった。その結果、活版印刷からオフセット印刷への移行が、かつての構造改善事業で進んでいった。

 しかし、集約化については、当時の印刷市場が拡大局面にあったため、無理に集約化を推し進めなくても、多くの企業が収益を上げることができていた。そのため、集約化については、それほどの成果を残すことはなかった。

供給過剰からの脱却

 現在の印刷産業は、メディアの多様化による印刷物の減少と、それに伴う印刷市場の縮小という問題を抱えている。加えて、印刷会社が同じような設備を保有した状態の「供給過剰」に陥っている。日本の印刷品質レベルは非常に高く、世界に誇れるものだが、逆に言えば、どこの印刷会社でも同じような印刷品質、つまり平滑化しているので、他社との差別化を図ることは困難な状況にある。さらには、市場が縮小していくことで収益性も落ち、中小印刷会社では、設備投資を実行する力を失いつつある。

 そのため生産性が低い老朽化した設備を稼働させなければならない。これら老朽化した生産設備によって「供給過剰」かつ生産性が低いという構図になる。

 これらの問題に加え、人口減少に伴う労働力不足や経営者の高齢化による後継者不足なども、現在の印刷業界の課題である。

 これら課題に対し、全印工連では、いくつかの事業を実施してきた。縮小する印刷市場については、印刷製造以外の業容拡大ということで「ソリューションプロバイダーへの進化」を提言した。労働力不足の問題に対しては、組合員各社が魅力的な環境づくりや安心・安全な労働環境の構築による優秀な人材の獲得・確保につながる印刷産業独自の「幸せな働き方改革」に取り組んできた。

 後継者不足問題に対しては、業界団体としては画期的ともいえる事業である承継支援事業を開始し、事業承継に関するコンサルティングや支援を組合事業として行っている。また、産業全体の社会的信頼性の向上を目的に「CSR認定制度」も策定・運用している。

 これらの事業を展開してきているが、これまで着手できなかった事業が、産業全体としての生産性向上や設備の平滑化で困難となった差別化構築の問題への取り組みである。この問題に対し、今回、新たに令和版の構造改善事業として取り組んでいく。

 その令和版構造改善事業の骨子となるのが、今年度から着手する「印刷DX(デジタルトランスフォーメーション)推進プロジェクト」である。

「生産連携・協調」がもたらす効果

 印刷産業全体としての生産性向上を目指していく中で、「供給過剰」という問題を解決する必要がある。「供給過剰」によって、1社1社の設備投資が利益につながり難くなり、また、収益が上げられていない状況では、設備投資もままならない。

 そこで印刷DXは、協業による「生産連携・協調」を推し進めることで効率的な生産体制を確立し、供給過剰による低収益構造から高収益構造にシフトしていくことを目指していく。これにより参加企業は、オープンプラットフォームによる生産管理システムと受発注マッチングシステムを共有することで、より効率的な生産体制を構築できる。現在の構想としては、主に印刷製造を担う「ファクトリー」機能と印刷物発注側である付加価値提供を担う「サービスプロバイダー」機能を印刷産業DXの基幹システムでつなげ、稼働状況やエリアや納期などの情報から最適な「ファクトリー」に発注する。そして発注情報や実データを極力、人手を介さずにクラウド上でお互いやり取りする。これにより産業全体の生産性を向上させ、その効率化によって発生した余力を付加価値創出にシフトさせ、印刷製造以外の付帯サービスへの取り組みによる収益向上につなげていく。また、印刷製造受注側に仕事が集まることにより、製造コスト削減につなげ、発注側にとっては外注費の削減にもつながる。

 具体的には、コミュニティーごとに役割分担を行い、生産連携・協調を進めていく。また、1社単位の事業規模が小さいことから資材購入などで優位性をもつことは不可能だが、役割分担による生産連携・協調を進めることで、事実上の共同購入といったかたちで規模感を活かした購入形態にすることも可能となる。

印刷DXの運用スキーム

運営については地域特性なども考慮

 しかし、生産連携・協調といっても、分業による生産が当たり前という地域もあれば、1社単独で入り口から出口までのサービスを完結できる企業が多く存在する地域など、地域によって特性がある。

 そのため印刷DXの事業に取り組みやすい地域と、そうでない地域があることは承知している。しかし、産業全体の生産性向上を見据えたとき、この取り組みは、今、実行に移さなければならない。

 大都市圏では、刷版、印刷、製本・後加工といった分業が頻繁に行われている。しかし、その各工程では、未だに手書きによる伝票発行、あるいは電話やFAXによる確認作業など、アナログによる取引が数多く行われているのが現実である。その部分に対し、IT技術を活用したデジタルトランスフォーメーション、つまりデジタルを駆使した仕組みを構築・運用することで、これらアナログ作業の効率化を図ることも今回の事業の目的である。

 昨今の技術革新により、多くのメーカーから自動化・省力化による生産性向上を実現できる装置やシステムが開発されている。しかし、それら設備、システムは異なるメーカー間での連携という点で国内では、発展途上の状況と言えるのではないか。そこで印刷DXを進めるにあたり、国内の主要印刷関連メーカー各社に、印刷産業全体としての生産性向上を目指していることをお話しし、理解を得た上で協力をお願いした。そのため全印工連が構築するDXのシステムでは、メーカーを超えた連携の実現を目指していく。

 メーカー各社も、その点については、十分理解していたからこそ、今回の協力につながったと確信している。

 現在の印刷市場を考えたとき、出版や官公需などの大量ロット印刷については、大手印刷会社をはじめ比較的規模の大きな印刷会社が主に担っている。全印工連に加盟する印刷会社は、地元の商店街や企業など、その地域の様々な顧客を取引先として営業展開している会社が多い。これら地域で担っている印刷物の方が、大ロットの仕事よりも付加価値が大きい。

 そこで今後も生産設備を維持していくことは、難しいと考えている企業は、顧客接点の拡大という点に経営資源を投入していくことで、サービス特化型企業への転身を図ることで、印刷市場が縮小していく中でも、付加価値を創出する情報サービス産業への転換を図ることが必要である。

今年度は基幹システム開発へ

 今年度は、印刷DXの運用に必要な3つのシステム開発に着手していく。1つは、経営の見える化などを実現するためのMIS。次にメーカー横断型のJDFをベースとしたオープンプラットフォームとしての生産管理システム、そして3つ目が「サービスプロバイダー」、「ファクトリー」間の円滑な受発注体制を構築するための「ジョブシェアリングプラットフォーム(JSP)」の開発である。中でもJSPについては、ゼロからの開発スタートとなる。このJSPについては、クラウドベースの全印工連の共通プラットフォームとして構築していくが、実際の運用では、あくまでアライアンスを組んだ組合員のグループ内だけで共有できるものなので、共通プラットフォームであっても他のグループをはじめ、参加していない企業は、その情報を共有することはできない仕組みを考えている。

 今後のスケジュールとしては、今年度中にシステムを完成させ、併せてシステムの運用による生産性向上の目標値の設定を行っていく。2022年度には、全国10地区程度で、モデルケースとしての試行を行っていきたい。また、試行を進めて行く中で、運用上の問題などが出てくる可能性も十分にあるので、それらの課題をフィードバックして、システムの改善につなげていく。その上で本稼働に向けて必要なファシリティの整備やシステムの改修を図っていく。そして2022年度から全国での説明会を開催していくとともに同事業への参加を募り、本稼働を開始していく。

新たな受発注の仕組みづくりへ

 印刷DXを進めて行く中で注意していかなければならないのは、受発注のマッチングの際にけっして競り下げが行われない仕組みにすること。そのため、生産側企業では、しっかりとした原価管理のもと、収益確保できる運用をお願いしたい。

 それを前提にした上で、繁閑に応じた価格設定ができるなど柔軟なシステム設計も考えている。例えば、航空券などは、早く予約した分、安く購入することができる。もちろんすべての印刷物の発注に、このケースを当てはめるには限界があるが、しかし、仮に早く発注することで受注金額が下がれば発注側のメリットとなり、また、生産側では、より計画的な生産が可能となる。さらには、この商習慣が既存の受注活動の中で根付いていけば、印刷をはじめ多くの産業に好影響をもたらすことができると思う。

 新型コロナウイルス感染拡大の影響により、残念ながら今年10月に開催を予定していた「2020全日本印刷文化典・長野大会」を1年延期することとなった。これは全国の組合員の皆さん、そして迎え入れる長野県の皆さんの安心・安全を考慮した結果、難しい判断ではあったが、延期という選択をした。しかし、従来の会期である10月9日には、オンラインでの「全印工連フォーラム」を開催する。この全印工連フォーラムでは、「印刷DX推進プロジェクト」をはじめ、新執行部となった全印工連の事業について、全国の組合員に向け広く情報発信していく。

 印刷は、国民の生活を支え、文化の発展に寄与しているという自負がある。これからも日本になくてはならない産業として役割を果たしていかなければなない。コロナショックの終息が見えない状況ではあるが、そんなときこそ、組合の価値を示していきたい。