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 スマートフォンやタブレット端末の台頭により、情報伝達手段としての紙メディアの価値が間違った認識のもとで議論されるケースも多く、その認知の是正および修正していく作業は、紙メディアを支える印刷・関連業界の最重要課題でもある。このような認識のもと、業界内外のキーマンの見解を通じて「紙メディアの価値」を改めて考察していく。

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紙と印刷がクリーンで魅力的なメディアであるために...

「責任ある製造」を提唱
紙のブランディングとスマートメディアミックス推進へ
NPO法人 クリーン・プリント 阿部野耕一理事長に聞く

印刷ジャーナル 2012年1月1日号掲載

 「紙と印刷がクリーンで魅力的なメディアであるために...」---2008年8月、業界の有志によって印刷現場における環境負荷低減を主旨として設立されたNPO法人クリーン・プリント。「基準値印刷の実践によるCO2削減」という「責任ある製造」の提唱からスタートしたクリーン・プリントのミッションは、現在「紙のブランディング」や「スマート・メディアミックスの推進」など、紙メディアの「正義感と信念」の訴求へと派生している。


阿部野 耕一 理事長​ 2012年の干支は「辰」。動物では「竜」です。十二支の中では唯一架空の生き物の竜ですが、古来より皇帝の化身と言われ、その象徴は「正義感と信念」だそうです。
 NPOクリーン・プリントは、2008年に業界の有志によって印刷現場における環境負荷の低減を主旨として設立されました。これは「正義感と信念」からだったのでしょうか?いや、少なくともこの活動を始めた動機はまったく別のものでした。
 「印刷は本当に必要なのか?」。自分の中でずっと持ち続けていたこの問いかけがそもそもの発端であったと思います。ここで言う「印刷」は「ペーパーメディア」。自分が携わっている印刷業界は「本当になくてはならないものなのか?」。
 クリーン・プリントのセミナーにおいて、いつも象徴的にする質問があります。
 「ネットでニュースを30分読むのは、配達された紙の新聞を読むより20%もCO2を多く排出する。これは本当だろうか?」
 この質問に対して、先日全国FSC大会の会場では、ほぼ98%の人が「ウソだと思う」に手を挙げました。これは一般の人、その中でもとくに環境に興味のある人の答えですね。しかし、これを印刷業界向けのセミナーで質問しても状況はほとんど同じです。先日行った近畿印刷産業機材組合でのセミナーでもほぼ90%の人が「新聞の方がCO2の排出は多いはず」と答えています。つまり、これは印刷に携わる人のほとんどが「自分たちの仕事は環境に悪い」と思いながら毎日仕事をしているということです。非常に悲しいことではないでしょうか。
 もちろん、この質問の答えは「本当」です。これはヨーロッパでの資料に基づいています(資料:Swedish Royal Institute For Technology)。おそらくこう言うと皆さんは「プロダクトライフサイクルマネージメントでの取り方によってその数値は違う」と反論されるでしょう。その通りです。では日本にそういうデータや資料があるでしょうか。この答えはまさしく「NO」です。そして「環境に悪いことをしていると思いながら仕事をしている人」その人は、まさしく私自身だったわけです。

      ◇    ◇

 クリーン・プリントのスタート時のミッションは「基準値印刷を行えばヤレ紙を減らすことができ、無駄な材料やエネルギーを減らせるので結果としてCO2を削減できる」というものでした。
 2008年にこの主旨に賛同いただいた印刷会社、デザイナー、プリントバイヤー、そして業界に携わる個人によってこの活動は始まりました。今でもこの「責任ある製造」は我々のもっとも大きなミッションであります。
 しかしながら、印刷業界は今日、もっと大きな根本的課題を抱えることになりました。「ペーパーレス」という流れです。これは先進国すべての国で言われていることで、これを大きく後押ししたのが「電子化」であることは間違いないでしょう。
 今年は年賀状を電子化した方も多いのではないでしょうか。ではなぜ電子化が進んだのか。「便利だから、手軽だから、紙だと後始末に困るし、その方がエコだから...」などなど。
 では、これらはどうでしょう。
 「400KBのファイルを添付して20人に電子メールを送るのは100Wの電球を30分点灯するのと同じ」
 「クラウドはデータのトラフィックを増大させる。1MBのデータを4人転送したら、それは5MBではなくて30MB」
 「Googleの電気使用量は2億6,000万ワットで、米国ソルトレイクシティー(人口18万人)の使用量と同じ」
 ペーパーレスにしたら本当に環境のためにいいのでしょうか。確かに電子機器は便利です。すでに他のものでは変えられないポジションを確保しています。私自身、iPhoneは2台目だし、iPadも使います。家では家族それぞれが自分のPCを使っている状況です。正直、電子情報機器を使い始めると案内状や簡単な報告書は紙ではほしくなくなるものですね。しかし、これらのPCや機器類は最後どうなるのか。本当にリサイクルされているのか。土に埋めたら自然に帰るのか。燃やしたらどうなるのか。あれほど携帯電話の新機種が必要だろうか。この問題はすでに世界中で「電子ゴミ問題」として報道されています。
 我々の今後のミッションはまず「紙のブランディング」。そしてもうひとつは「スマート・メディアミックス」の推進だと考えています。

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 昨年のIGAS2011においてクリーン・プリントは「国際環境フォーラム」を開催しました。提携関係にある英国NPO「Two sides」のマーティン会長を招いての基調講演とペーパーメディアに携わる方々のシンポジウムを行いました。この中で語られたことは「ペーパーメディアについて真実の情報を知る(発信する)」ということ、そして「デジタルとペーパーメディアの融合」です。
 今日ペーパーメディアが敬遠されるひとつの要因はコストだと思いますが、それは費用対効果の測定がしにくいということがあるのではないでしょうか。しにくいというか、なされていないのが現状なのだと思います。Web広告はすべて数字とデータで効果測定がなされています。印刷業界にはその習慣がありません。できれば公的な機関と連携しながら、こういうデータを発信できればと思っています。
 もうひとつの要因としては、やはり「ローテク」のイメージでしょうか。これも、紙の機能が数値化されていないからだと思いますが、それを踏まえた上で、いかにデジタルとうまく融合されるか、そして使い分けるかだと思います。
 とくに児童教育での現場であるとかコミュニケーションを必要とする場面での融合は、もっと科学的に研究される必要があります。事務所でも同じフロアーにいる者同士がメールをするのは決して健全とは言えません。わざわざ紙にする必要はないですが、本を手渡すとか、企画書をもっていくとか、「紙を囲める距離」でのコミュニケーションについては、すでに意識しないとスキルが落ちているレベルだと感じます。
 これらを説得力のある数字に置き換えるのは、もともと「基準値印刷」という印刷の数値化を提唱していたクリーン・プリントの基本理念とまったく矛盾しません。そしてデジタルメディア(ディバイス)とペーパーメディアを最高のバランス「黄金比」で使うことによって最高のパフォーマンスが得られるとともに、どちらも作りすぎないことで「環境負荷」を低減することができると信じています。その黄金比を研究し、発信するのは印刷業界全体の仕事ではないでしょうか。
 今後ますます資源コストは上がります。根拠のない費用は誰も払いたくない。「紙×効果」「紙×環境」「紙×機能」の説明を市場は求められます。
 もしできることなら、これらの課題にペーパーメディアのステークホルダーが全員で取り組むことが望ましいのではないでしょうか。具体的には産学共同事業の推進などがもっと積極的に行われるべきだと思います。先ほど紹介した英国NPO「two sides」は、同じ課題に対し、すでに300社近い企業が年間1億円ほどの予算で活動しています。それらの企業はペーパーメディアのサプライチェーンを取り巻くあらゆる業種に渡っています。日本でも、いわゆる横串型の組織が今後は必要だと思います。クリーン・プリントがその一翼を担うことができればこれに優る喜びはありません。

      ◇    ◇

 クリーン・プリントは2年前に岩手県岩泉町の企業サポータ制度を利用した「森づくり」のお手伝いをしています。「紙を使うのだから、そのもととなる森を育てる」。そんな単純な想いから2年前に2ヘクタールの土地に植林し、その場所を「クリーン・プリント 絆の森」と名付けました。日本の森は荒廃しています。木の使い道がないからです。しかし本来印刷という産業は、そういう環境自体のサイクルを回すエンジンとしての可能性をもつ産業でもあるのです。
 昨年の震災では人と人との「絆」の重要性が語られました。その東北の地の森に「絆の森」と名付けていたことに何か因縁を感じる。
 我々印刷業界はいま次の世代に残す「紙」という苗をもう一度植え直す作業を迫られているのかもしれませんね。いままでは邪魔するものは何もない大地ですくすくと木は育ちました。しかし人工的に植える木は、はじめの数年は下草刈りをしてやらなければうまく育ちません。成長が軌道に乗るまで手をかける。ペーパーメディアも、今はその時期のような気がします。そんなことを考えながら今年も子どもたちと下草刈りに行こうと思っています。そんな活動を通して彼らにペーパーメディアの「正義感と信念」を上手く伝えられたらいいですね。