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 「コロナ禍において日常は多様化、細分化され、印刷物も『変化』を求められている」と指摘するミューラー・マルティニジャパン(株)の五反田隆代表。「非接触」という社会環境の中で需要が一段と厳しさを増す印刷製本業界に向けて、「ローカル」「オンデマンド」「消費者志向に沿ったものづくり」という3つのトレンド、視点を提示し、その「変化」の必要性を訴えている。今回、五反田代表インタビューし、その背景と機械づくりの視点などについて語ってもらった。

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「変化」が求められる印刷物|ミューラー・マルティニ ジャパン 五反田隆代表に聞く

小型機のサテライト生産顕著に 〜 画一的なものづくりからの脱却

印刷ジャーナル 2021年1月1日号掲載

 「コロナ禍において日常は多様化、細分化され、印刷物も『変化』を求められている」と指摘するミューラー・マルティニジャパン(株)の五反田隆代表。「非接触」という社会環境の中で需要が一段と厳しさを増す印刷製本業界に向けて、「ローカル」「オンデマンド」「消費者志向に沿ったものづくり」という3つのトレンド、視点を提示し、その「変化」の必要性を訴えている。今回、五反田代表インタビューし、その背景と機械づくりの視点などについて語ってもらった。

五反田 代表


米国、中国は堅調


 昨年は、年初から新型コロナウイルス感染症の影響が燻りはじめたが、4月までは商業印刷も出版も比較的忙しく、「例年よりも良い」という声さえあった。しかし、5月の緊急事態宣言で環境は急変。7〜8月くらいから盛り返しはじめたが、その間でも巣ごもり需要として出版は堅調に推移し、とくに「鬼滅の刃」をはじめとするコミックの伸びが大きかったことも、それを後押ししたように思う。

 一方、人の移動がなくなったことで、とくに旅行のパンフレットや雑誌は軒並みダウン。この状況において中綴じ製本分野の仕事は大きく落ち込むとともに、商印系の仕事の売上は平均で4割減、良いところで2割減といったところで推移したが、「GoToトラベルキャンペーン」の開始をきっかけに、9月からは明るい兆しも出始め、10月にはそれまで止まっていた需要が一気に流れ込んできたと聞いている。印刷製本業界にとってもある意味「起爆剤」となったことは間違いない。そのGoToトラベルキャンペーンも第3波の影響で停止となり、再び人の動きが制限され、当然のことながら印刷製本の需要も腰折れした。その影響が今年1〜2月あたりにかけて懸念されるところである。

 当社においても、もちろん機械販売の売上は落ち込んだ。やはり例年より中綴じ機の需要低迷が影響した。一方で、手帳関係の需要が底堅いことを背景に、糸かがり機の出荷が例年を上回った。さらに、サービス事業の影響も比較的軽微だったといえるだろう。

 一方、ワールドワイドの市場を見てみると、コロナ禍でも米国、中国が堅調である。米国ではデジタル系の印刷製本ラインの比率が高まっており、当社でいう「バレオ無線綴じ機」と三方断裁機「インフィニトリム」を組み合わせたようなラインが全米各地に設置されている。いわゆる、複数の小型機によるサテライト生産である。

バレオ
インフィニトリム
 逆に中国は、従来型の高速、高生産機への投資が旺盛で、また上製本ラインの需要も高まっており、世界でもコロナ禍からいち早く回復した中国経済の力強さを背景に、桁違いの投資額の案件もある。逆に、東南アジアは低迷。日本から流れていた中古機の需要も止まっている状況だ。

 一方、欧州も米国同様、やはりデジタル系の印刷製本ラインを筆頭に中型機への需要が高まっている。


印刷製本業界に向けた3つの提言


 2021年の幕開けに際し、今回はスイス本社が示す印刷製本業界のトレンドをもとに、私自身の見解と3つの提言を示したい。

 まず、最初は「ローカル」というトレンド。新型コロナもそうだが、日本はとくに自然災害も多く、「物流の分断」が今後も課題になるだろう。それを考えると、新聞や雑誌という紙メディアは、印刷製本という工程と物流という距離、いわゆる物理的なデメリットが生じるため、情報媒体であるこれらはデジタルメディアとは違って販売機会を失いかねない。

 そうなると、中央集中生産はもっとローカライズされることが考えられる。そこでの生産設備は、高生産性の大型機ではなく、自ずとデジタルに赴く。現在、当社のシグマラインをはじめとしたハイエンドのデジタル印刷製本ラインは「本格化している」とは言い難く、今後は、もう少しスケールダウンしたコピー機を活用するようなケースも出てくると考える。それでもちゃんとした本ができる時代になったということだ。フォトブックや卒業アルバム向けの生産設備が、ローカル向けの出版物の生産設備としても応用できるかもしれない。

 2つ目が「オンデマンド」。言うまでもなく「必要な時に必要な分だけ生産する」ということ。これは「いま100部だけほしい」という場合もあるが、例えば「災害時にオンデマンドで即座に災害マニュアルを配布する」など、単に平時のオンデマンド需要だけでなく、有事の時に威力を発揮する「オンデマンド」も意味する。

 また、「明日からGoToトラベルキャンペーンが東京で開始される」となれば、翌朝までに旅行パンフレットを100部用意するということもある。旅行パンフレットの場合、旅程に日時が掲載されているため、急にGoToトラベルキャンペーンが停止された場合、大量印刷されたパンフレットの在庫は紙屑になる。今後は「在庫を持たない」という視点も重要で、ここはオンデマンド化されるはずである。新型コロナの影響もあり、今後は日常がもっと流動的になり、不安定になる。「大量に生産してコストを抑える」という考え方は難しい時代になる。

 最後は、「消費者志向に沿ったものづくり」である。今後、私たちの日常はもっと多様化、分散化する。そこで画一的な出版物でいいのか。これまでの印刷・出版物は、我々作り手側が読者や購入者、読み手に押しつけてきたところがある。判型にしても多くがA4、B5といった規格に沿った定形になっている。本が好きな人にとって、本を棚に飾るのもひとつの楽しみだ。「できれば上製本にしたい」というニーズもあるはずだ。今後は、消費者からの「こんな本、印刷物がほしい」というオリジナルの要求を満たすことも必要になると考える。そこに消費者はお金を払う。

 例えば、「近畿版」の旅行雑誌には、大阪、京都、和歌山、奈良、滋賀の情報が収録されているが、実際にいくのは京都だけであったり、大阪でも大阪市内しかいかないというケースも多いだろう。これを例えばWebを使って訪れる場所を選ぶと、その場所に限定したガイドブックを制作できるというサービスにすればどうだろうか。

 また、京都のガイドブックで湯豆腐の店を紹介しているページがあるとする。その出版社のコンテンツを旅行者自らが実際に撮影してきた写真に差し替え、ガイドブックを旅行後の思い出のアイテムにすることも考えられる。これはフォトブックなどの事業と違い、出版社のコンテンツを活かせるビジネスになる。

 コロナ禍において、印刷や出版の魅力を伝えていくのはもっと難しくなる。しかし、紙メディアの魅力や存在価値はたくさんある。それを逃さないように準備をしていくのも必要なことではないだろうか。


生活様式の細分化で変わる機械づくりの視点


 ミューラー・マルティニは、大型の高速機をはじめ、これら「ローカル」「オンデマンド」「消費者志向に沿ったものづくり」といったトレンドに対応する機械の開発に努力している。海外では、「バレオ」と「インフィニトリム」および「ディアマントデジタル上製本機」による1部からのフォトブックサービスを展開しているユーザーもいる。そういう世界が実際にあること自体が驚きだが、「インフィニトリム」ならばA4、B5といった規格は関係なく、好きなサイズで本を作ることもできる。生産性向上、コストダウン、スキルレスに加えて、そういうものに対応できる機械づくりの視点も今後は必要になる。

 ミューラー・マルティニでは、1986年から年3回発行してきた情報誌「PANORAMA」を、Web展開に移行することを決めた。その中でブルーノ・ミューラーCEOは、「印刷物は感性だ。経済性を求めるならデジタルだ」と述べている。このトレンドは避けられない。また、リアルな展示会開催が難しい状況の中、ヴァーチャル展示会(https://www.printing-expo.online)によるコミュニケーションにもつとめていく考えである。

同社が参加しているPrinting ExpoのVirtual Exhibition

 「デジタル」において、これまで我々は「既存の本を如何にしてデジタルで作るか」を考えてきた。シグマラインもそこをひとつのターゲットにしていた。しかし今後は、それ以上のものでないと消費者のニーズは満たせなくなる。生活様式が多様化し、細分化される中、印刷物も「変化」を求められている。