──新社長就任に際し、まず現在の心境をお聞かせ下さい。
岡本 昨年7月のIGAS2018のタイミングで社長内定を発表させていただいて以降、ご挨拶回りでプリプレスを中心とした全国のお客様を訪ねた。その際、多くの激励の言葉を頂戴し、徐々にその重責を実感するに至っている。
現在、私は42歳。やはり「まだ若いね」と言われることが多い。しかし中小企業の2代目・3代目となると30歳代で社長に就任されるケースは少なくない。そんな経営者の方からは「あの頃はよく動き、意欲的に仕事をこなせた。社長は若いうちになった方がいい」という応援の言葉もいただいた。
また、システム化、デジタル化、IT化といった時代の流れの中で、その適性を考えた時、経営者は若い方がいいのかもしれない。「アグフアを若返らせて、新しい発想でIT、デジタル、自動化を提案できる会社になってほしい」、そんなお客様の私への期待を感じ、多くの勇気をもらった。
社長候補としての打診があったのは1年以上前のこと。直属の上司として思いをともにし、これまで長年にわたってアグフアを成長へと導いてきた松石浩行前社長の意向だったが、正直不安はあった。ただ、いままで現像レスCTPプレート「アズーラ」、自動化CTPパレットローディングシステム「エキスパート・ローダー」、クラウドワークフロー「アポジークラウド」、さらにその先にある「ファクトリーオートメーション構想」も私の部署の企画から生まれたソリューション。これからもやりたいことが山のようにある。そこで「ノー」という選択肢はなかった。むしろ経営のトップとして、これらをさらに推し進めていこうという気持ちに切り替え、この話をお受けした。
昨年後半から私がトップとして「最終決断」を下す局面が増え、そこでのスピーディーな意思決定の重要性を痛感している。今までにはない「決断」という重責を担うことで緊張感が湧いてきたと同時に、新たな企画、取り組みを自らの責任で決断できるというワクワク感も共存している。
──岡本社長ご自身、日本の印刷産業の現状や課題をどのように捉えていますか。
岡本 昨年後半のご挨拶回りで多くのお客様と面談する中で改めて感じたのは、アズーラによる速乾印刷をはじめとした我々の取り組みが、一部の業務改善に留まらず、多くの印刷会社の企業体質をも改善してきたということ。本当に「やってきて良かった」という思いがこみ上げた数ヵ月だった。
速乾印刷の第1号ユーザーは2011年の(株)トータルプルーフ(福岡市、河瀬待希子社長)。「7年前に実施した速乾印刷が現在どうなっているか」という個人的な興味も持ちながら訪問した。
トータルプルーフは、河瀬社長と旦那様の2人で立ち上げた校正印刷会社。ある時、現場を担当していた旦那様が急逝、当時専務として営業を担当していた河瀬社長がトップとして最初に取り組んだのが速乾印刷だった。それまでノータッチだった現場で課題を見つけ出し、速乾印刷に挑戦。結果、社員との良好な関係のもとで現場の業務改善を実現した。現在でも、自社内で速乾印刷に取り組んでおり、取り組む前と比べて社員数は減ったが、多能工化し、利益率アップという「筋肉質な経営」を実現している。
また、愛媛の佐川印刷(株)の佐川正純社長にも多くのことを教えられた。「速乾印刷の最大のメリットは『働き方改革』への貢献だ」ということを教えてくれたのも佐川社長だ。いつになるか読めない乾燥待ちの状態が多いため、後加工部門のスタッフは、業務後の予定を立てることもできなかったというが、速乾印刷の実践で、長時間労働を改善。計画的な業務管理が可能になったという。
このように、我々は「モノ売り」で一部の業務を改善してきたのではなく、印刷会社全体の体質をも変え、製造業全般が抱える「働き方改革」でも一定の効果を生んだ。
一方で、この「働き方改革」については、印刷業界は相当な遅れをとっている。ある大手の自動車メーカーに勤める友人に聞いた話だが、その会社では何十年も前から「働き方改革」に取り組み、無人化、自動化、ロボット活用を取り入れ、人がねじを回すなんてことはまずない。「人が絡むことで生じるミスを排除する」という観点もある。同じ製造業でも印刷は相当遅れているが、労働力不足、雇用難といった社会的な課題が叫ばれることによって、ようやく製造業のあるべき姿を目指し始めたというのが印刷業界の現状ではないだろうか。
──その現状に対するアグフアのソリューションの方向性についてお聞かせ下さい。
岡本 我々は、これをチャンスだと捉えている。私は、定期的にヨーロッパへ出向き、先進的な印刷会社を訪問している。ドイツ、フランスにおける雇用難は今に始まったことではない。そこで現在も業績を伸ばしている会社の共通点は、間違いなく「自動化」である。日本の印刷会社においても、このタイミングで自動化に踏み切るか否かで生死を分けるのではないだろうか。
我々は、ここを商機と捉え、今年からアクセル全開で自動化を極めていこうと考えている。昨年のIGAS2018で打ち出したプリプレス工程の「ファクトリーオートメーション構想」は、その布石だった。
今年の重点項目は、完璧な製品を提供することはもちろん、その製品を最大限に生かすためのトータルソリューションである。例えば、「エキスパート・ローダー」では、CTPプレートを最大2,400枚搭載できるが、露光後、スタッカーに2,400版プレートが貯まるだけでは製品がもたらす本来のメリットを最大限享受できない。そこで考えられるのは、出力されるプレートを自動で印刷機まで運ぶような仕組みだ。結果、プリプレスの無人化も見えてくる。そこまでやるならば、さらに上流にあるワークフローの自動化も必要になる。そうなるとアポジーだけでなく、MISとの連携、さらに上流の自動化ツール「アポジー・ドライブ・オートパイロット」を使って、「自動化のための準備を自動化する」という取り組みが必要になる。現在、この部分に多くの人が介在しているのが実状。このあたりのインテグレーションが今年の我々のミッションになる。
これら重点項目の遂行には、やはり人材教育が必須になる。我々は、ここにも時間とお金を掛けている。具体的には、入社から1年間はみっちり技術研修を行っている。さらに、2年目で海外研修に参加する社員もいる。現在、ITや自動化の部隊は20〜30歳代が中心。「若手にチャンスを与えたい」という思いもあり、そのためには実践的な技術研修で自信を付けさせることが重要だ。
新入社員が外の世界を見ずにして日本だけを見ていると「これが標準だ」と思ってしまい、その認識は変えにくい。そのためにも2年目から欧州の最先端の世界を見せて「印刷はこうあるべきだ」という認識を植え付ける。日本とのギャップを理解することが重要である。当社は外資系だが、「日本企業以上に日本企業であるべきだ」というポリシーがある。これは松石前社長のポリシーであり、今後も引き継いでいきたいと考えている。
──企業の舵取り役としてどのような「色」を出していこうと思われますか。
岡本 経営については、基本的な路線は大きく変わらない。松石前社長も私も、「製品を売る」というより、「ソリューションでお客様にメリットが出るものをマーケティングして理解してもらう」というスタンス。この戦略は継続していく。
私の強みは「技術的なバックグラウンド」で、加えて企画・戦略、営業も経験している。そういう意味では、本当にお客様に必要な物を見極める能力、そしてそれを伝える能力も持ち合わせていると自負している。松石前社長は「営業」、私は「技術」、戦略的に基本路線は同じでも、違う視点でアプローチできる。
印刷業界における私の原点は日本サイテックス。当時はフィルムセッターの技術を担当し、開発拠点のイスラエルで技術に携わったり、日本の声を反映して製品を改良したり。その後、2000年くらいから日本でも急速に普及したCTPを担当した。当時は今では考えられないが、「週に複数台のCTP設置」という時代で、その状態が2ヵ月くらい続くこともあった。さらには、いまでは当たり前になったパンチやカセットといった新機能の開発も手掛けた。これらの経験を通じて様々なお客様との接点をいただき、私の中で大きな財産となっている。
その後、マーケティングや営業の経験を経て、2007年に縁があってアグフアに転職。当時、市場ではアグフアのサービス部門の評判が良くなく、それを「立て直してほしい」という松石前社長からの指示を受け、それから4年ほどかけて、人材の起用やオペレーションの改善に取り組み、いまではお客様から評価いただける組織になったと自負している。ここでも私の持つ「技術」が生かされた。
その後、アグフアではインクジェット事業の立ち上げに携わる。実は、サイテックス時代にもワイドフォーマットのインクジェットの開発に関与していたということもあり、当時は1人ながらも成功させる自信はあった。いまではインクジェットの部隊も増え、売上規模も拡大している。
私は、経営の舵取りを行う上で、4つのキーワードを掲げた。
まずは「透明性」。「若手社員は鞄持ちで、上の話は知る必要もない」という日本の組織もあるようだが、我々はオープンで透明性のある組織を目指している。新入社員が研修中でも「自分の意見を言える環境」。これを松石前社長から受け継ぎ、維持していく。
次に「スピード感」。これは組織に透明性がなければできない話。変化の激しい時代の中で、縦組織を段階的に経由する意思決定では商機を逸する。我々はフラットな組織であり、意思決定も早い。これは重要なポイントだ。
次に「コミットメント」。自分の仕事に責任をもってコミットすることだ。上司からの指示に対し、責任をもって業務を遂行し、実績を作る。その積み重ねが信頼関係を生む。社内、お客様、パートナーに対しても「やると言ったらやる」という姿勢が重要だと考える。
最後は「フレキシビリティ(柔軟性)」。今日決めた戦略が明日変わる可能性もある。そんな変化に対し、柔軟に対応できる組織。これも変化の時代を生き抜く必須条件である。
──それでは岡本社長のプライベートについてお聞かせ下さい。
岡本 私は家族経営の酒屋の息子で、父親は完全な商売人である。3人兄弟の長男ということで小さな頃から後継ぎとして育てられ、就職後も父からは「あくまで修行。3年くらいして帰ってきたら酒屋だぞ」と言われ、私もそうなるものだと思っていた。小学校の低学年から軽トラの助手席に同乗して配達を手伝い、車の免許を取ってからは自ら軽トラを運転して配達のアルバイトをしていた。今考えると、そこでお客様との接点やニーズを拾うことを学んだように思う。また、隣町の酒屋と競合した場合はどうするか。売っている物は同じだと、「早い、安い」の争いになってしまう。そこでお客様とより深い関係を築くにはどうしたらいいのか。そんなことを父親からもよく聞いていた。そういう環境だったので営業は苦ではないし、お客様との接点はむしろ好きなくらい。「関係性を重視する」という商売には小さい頃から慣れ親しんできた。「人を拒まず、どこにでも入っていける性格」だと思っている。
趣味は、学生時代からやっているサーフィンと最近回数が増えたゴルフ。ゴルフに関しては上手くはないが、そこそこ楽しめるくらいには上達してきた。ゴルフはお客様との接点においても大事なスポーツ。頑張って腕をあげてお客様とご一緒したい。
スポーツ以外では、キャンプや料理も趣味のひとつ。外で仲間とワイワイ楽しむのがストレス発散になる。
──最後に、印刷関連業界に向けたメッセージをお願いします。
岡本 雇用難が深刻化する中、こういう時だからこそやらなければならないことが見えてくる。それは「製造業を極める」ということ。そこに印刷会社、あるいは我々に商機があると見るべきだし、取り組むべきである。新米社長ではあるが、持ち前の「技術」と「ガッツ」でこれらに取り組み、頑張っていきたい。
──ありがとうございました。