情報伝達手段の多様化と多言語化
同社の2014年2月期売上は130億円。前年度比でプラス10億円、約8%の伸びを示しているが、これは当年度に会計基準を変更したことによる一時的要因も含まれている。前年度基準では123億5,000万円となり、それでも約3%の伸長で、増収増益を達成している。このことについて森澤社長は「基盤ビジネスを堅く拡げていった結果だ」と説明する。
一方、社員数は昨年から大きな変化はないが、この数年、女性が出産のために育児休暇を取得し、出産後に復帰するケースが増えている。「国の方針でも日本の成長にはこれまで以上に女性の活躍が不可欠としており、当社も同様に考えて取り組みを行っている」(森澤社長)とし、女性管理職の登用もその取り組みのひとつとして開始している。
従来の軸足事業を守りながら、コミュニケーションの拡大に対応した製品やサービスの開発を続ける同社。その事業戦略は「メディアシフトへの対応」と「グローバル化に伴う新たな市場環境」に集約される。
▽メディアシフトへの対応
同社の事業環境において、最も大きく影響を受けているのが「メディアシフト」である。
情報伝達手段の多チャンネル化を背景に、これらすべてに対応する必要があると同時にフォントを中心に活躍できる場が広がっている。今後も様々な情報を伝える手段が増えると予想される中、同社は情報収集につとめ、一歩先行く製品やサービスへの展開を図っていく考えだ。
新規取り組み事業で成長したのは電子配信ソリューション事業だ。電子雑誌「MCMagazine」は、アップル社の「Newsstand」で販売されている品目での採用数が、昨年から約20%増の130誌(2014年12月3日現在)となり、販売されている雑誌の約45%が同社ソリューションとなっている。
▽グローバル化に伴う新たな市場環境
MORISAWA PASSPORT(以下「MP」)は数年前から多言語化を進め、昨年9月にリリースした「アップグレードキット2014」で追加した書体を加えると、およそ100言語に対応したことになる。
ラテン文字(欧文)、繁体、簡体、ハングルなどをそれぞれの国のパートナー・ファウンダリと協力して提供してきたが、昨年は新たにロゼッタ社と協力し、キリル、ギリシャ、アルメニア、アラビア、デバガナリの各言語フォントを揃えた。一部の外国語フォントでは、「PDFへのエンベットは別料金」や「画像化してWebで使用してはいけない」などの制約がある。しかしMPの契約者は、ファウンダリ毎に異なるこの使用許諾に振り回されることなく、慣れ親しんだMPのガイドラインに沿った環境で多言語を使えるようになる。事業戦略「多言語化、拡市場」は同社の事情に留まらず、顧客の利益を優先していることがポイントというわけだ。
【個別ビジネス】
▽クラウドフォント配信サービス「TypeSquare」
クラウドフォントとはインターネットを介してフォントを配信し、Webブラウザで表示させる仕組みのこと。クラウドフォントを使ったWebサイトは、閲覧側に指定されたフォントが搭載されていなくても、制作側で指定された書体が表示される。
VOGUEでは、ブランディングサイトとして、紙を含めた他媒体と一貫した世界観の実現を目的に、またSEIYUではサイトコンテンツの更新を簡単、迅速に行うことを目的に「TypeSquare」を導入している。
Webフォントは海外で急速に普及しており、欧米トップ1000ドメインでのWebフォント利用率は、2010年末の1%から2014年9月には43%まで上昇している。
▽多言語対応電子配信ツール「MCCatalog+」
昨年12月、従来のMCCatalog+をリニューアルして、同社戦略である情報発信のグローバル化に対応させることを発表している。
現在起こっている訪日外国人増加への対応は、観光業に留まらず、物販業やサービス提供者、そして情報産業にとっても同様にチャンスだが、そこには言語・翻訳の壁がある。MCCatalog+は既存メディア用のコンテンツのシンプルな電子配信が特徴だったが、自動翻訳の仕組みを用意することで、容易に多国語展開することを可能とする画期的なソリューションとなった。「クラウド中心のサービスである特徴を活かし、日本国内だけでなく、相手国で直接情報を届ける展開も視野に入れており、それは既存メディアを取り扱う国内の情報産業ベンダにとってもチャンスだ」(森澤社長)
▽UDフォント
実需の増加は、モリサワフォントリサーチ2014でも裏付けが取られている。同アンケート回答でのUDフォント利用率は2011年が29%、2012年が36%、2013年が44%となっており、社会構造の変化(高齢化、バリアフリー化)がニーズの背景にあると考えられる。
また、UDフォントの多言語展開にも着手。昨年はUD新ゴ ハングルもリリースしている。
「急増する訪日外国人や日本発信の情報量が増加への対応として、日本語と同じデザインコンセプトで多言語展開できることは、制作者の負担を減らし、情報産業の幅を拡げることに繋がる。UDフォントという概念は日本独特だが、細部にまで配慮する日本の強みとして視認性、可読性に一歩踏み込んだ情報発信に役立ててもらいたいと考えている」(森澤社長)
海外展開の意味と必要性
なぜ、モリサワが海外で事業展開する必要があるか。
日本国内では、オリンピック開催年に訪日外国人2,000万人突破を計画し、そのインフラ整備を進めていく。これに対してモリサワは、MPに複数の多言語を搭載することで、国内で様々な言語での印刷物、Web作成ができる環境を提供している。
一方、海外でも同じように、「日本語が使いたい」という需要が急速に高まっているという。このことについて森澤常務は「大企業になればなるほど、統一したコーポレートアイデンティティを求めてくる。英語、日本語でも統一したデザイン、コンセプトでブランドイメージをしっかり表現したいというニーズだ」と説明。さらに米国企業から日本語をライセンスしてほしいという話もあることから、これに対応すべく2年ほど前から再び海外展開に乗り出している。
「顧客と当社自身の多言語対応と拡市場はビジネス上の最優先課題」とする同社の海外展開の歴史は1950年頃にさかのぼる。手動写植機は世界18ヵ国で特許を取得し、アジア、欧米の世界50数ヵ国に向けて輸出されていた。電算写植も出力機ライノトロン202Eを中心に、アジアで1982年から約10年に渡って販売した歴史がある。いずれのビジネスも現在は完全に終息している。
そして、2010年以降、ネットワーク構築と足場固めに着手する。Arphic(台湾)、FontBureau(米国)、Hanyi(中国)、Sandoll(韓国)とともに「Font Foundry Friendship Forum」を設立。年に1〜2回の会合を通じて関係性を深め、海外パートナー獲得、そしてコラボレーションを行うことで外国語書体の安定調達に成功した。さらにArphicに対しては一昨年に資本参加も行っている。
そして昨年、同社はいよいよ世界市場へアプローチするため、台湾(台北)、韓国(ソウル)、米国(サンフランシスコ)に現地法人を設立した。その背景には1950年代に行っていた輸出がある。森澤常務は、「輸出は完全にビジネスとして終息していたが、近年ネットワーク構築のために各国でコミュニケーションを深めたところ、当時の実績やブランドが数十年経った今でも多くの国に残っていることを知った」とし、その実績、ブランドを活かした「日本語の輸出」に意欲を示す。
モリサワの海外事業展開のキーワードは「クラウドサービス」だ。「マーケットは大きいが、クライアント数そのものはそんなに多くない。また、フォント事業は、いまやライセンスビジネスである。当社はグローバル化で生じた新たな市場環境への挑戦と各地域で創出されたニーズへの対応を図る」と語る森澤常務。IT技術の発達で各国への市場参入のハードルが下がり、同社の強みのデジタルフォントと組版技術を活かして新しく生まれたニーズに挑戦する環境ができたことで、今後の展開を計画するに至ったわけだ。
各拠点では技術と市場を鑑み、地域特性に合わせた展開を計画。具体的には、まず日本で展開する「TypeSquare」のサービスを開始する他、台湾、韓国では電子配信「MCMagazine」「MCCatalog+」を展開。とくに米国ではサンフランシスコ、シリコンバレーでの情報収集を重視し、得られた知見を日本国内で提供する製品やサービスに反映させ、業界貢献に繋げていく考えだ。