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トップ > 特集 > デジタル印刷特集 2023:千葉印刷、POD特殊印刷技術が生んだ「さかなかるた」

新型コロナウイルス感染症問題は、私たちの生活やビジネスのあり方に大きな変化をもたらした。2023年は「アフターコロナ」という特殊な経営環境において、印刷ビジネス自体のあり方を再考する機会になるだろう。その最優先事項としては、「生産工程の見直しに効率化とさらなるコスト削減」と「デジタル印刷技術による新たな需要創出」という2つの視点が考えられ、とくにデジタル印刷分野においては、コロナ禍における社会環境の変化を背景に、ワールドワイドにおいても「投資意欲は高まっている」という調査結果もある。当然ながらDX(デジタルトランスフォーメーション)、あるいはスマートファクトリー構想を推進する印刷産業において、デジタル印刷は欠かせない技術であることは言うまでもない。そこで今回、「生産工程の見直し」あるいは「創注」という印刷経営戦略としてのデジタル印刷ソリューションにフォーカスし、デジタルプレスやそれに対応する周辺、後加工システム、さらに新たなビジネスモデルの事例などを中心に特集を企画した。

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千葉印刷、POD特殊印刷技術が生んだ「さかなかるた」

ドライトナーを極める:「印刷屋」の柔軟な技術と発想力

印刷ジャーナル 2023年3月25日号掲載

 「おせっかいな印刷屋」─東京・渋谷に本社を置く(株)千葉印刷(本社/東京都渋谷区円山町25-5、柳川満生社長)が「東京ビジネスデザインアワード」をきっかけに商品化した「さかなかるた」が販売数を伸ばしている。これは、ドライトナーの技術に特化する同社が、POD機の「メタリック」「厚盛り」という特殊印刷技術の活用で生み出したアイテム。クラウドファンディングで先行販売するなど、その「自社商品を開発して販売する」といった一連のプロセスが話題を呼んでいる。

「2つの失敗」から生まれた「さかなかるた」


豊富な特殊用紙在庫とペーパーマイスターの知識


 同社は、もともと和文タイプを生業とする業者の流れを汲む印刷会社。現会長で柳川社長の父でもある柳川隆生氏がその事業を受け継ぎ、俗に言う「軽印刷業者」の千葉印刷として昭和40年11月に創業。印刷に加え、製本工程までを充実させることで成長を遂げてきた。現在では、POD機を4台(カラー3台、モノクロ1台)、オフセット印刷機1台を設備。カタログ・パンフレットからチラシ、メニュー、ポスター、名刺、封筒まで幅広い印刷物を手がけ、渋谷駅から徒歩10分という立地から、飲食店やアパレル、百貨店などからの受注が多い。

柳川 社長

 同社は、その企業成長の過程で、事業拡大にともない4回にもおよぶ移転を繰り返しているが、その地はすべて渋谷駅周辺に限定されている。この理由について柳川社長は、「新たなカルチャーやビジネスが生まれる世界有数の情報発信拠点である『渋谷』という場所にこだわりがある。印刷は『生もの』。新鮮なうちに提供するには、自ずと地域密着型のビジネスモデルになる」と説明する。

 その背景には、クライアントに来店を促す「店頭営業」という独自の「仕掛け」がある。同社では常時300種類以上の特殊用紙をストックしており、店頭ならその場でPOD見本を出力し、その紙の風合いや実際の色再現を確認しながら商談を進めることができる。デザイナーや企業の企画・販促部門の担当者はそれを期待して来店してくれるわけだ。この豊富な特殊用紙在庫とペーパーマイスターとしての知識が「客を離さない」という同社最大の強みとなっている。

 「我々は『印刷会社』ではなく、『印刷屋』でありたい。とくにPODの世界では相談事を気兼ねなく聞き出せる『身近な存在』であることが重要だと考える。お客様が求めるのはコストなのかクオリティなのか。あくまでフラットな関係性の中で気軽に相談できる存在。そのマインドを『印刷屋』と表現している」(柳川社長)

 多彩な文化が交錯する流行の発信地「渋谷」において「おせっかいな印刷屋」として長年愛されてきた同社。そこで培われた自由で柔軟なアイデア・発想力が、今回紹介する「さかなかるた」の商品化にも繋がっている。


2つの失敗がきっかけに


 「さかなかるた」は、企業とデザイナーのマッチングを目指すコンペティション「2021年度東京ビジネスデザインアワード」をきっかけに誕生したアイテム。千葉印刷が応募した「42億色を鮮やかに表現する『オンデマンド印刷技術』というテーマに対し、SANAGI design studioの「オンデマンド印刷の新しいカタチ-視覚と触覚で楽しむプロダクト」という提案が採択され、最優秀賞を受賞したことに端を発する。

 「一般的に印刷の『メタリック』といってもイメージしにくいようで、ここを『42億色』と表現したことで当社のテーマには多くのオファーがあったようだ」(柳川社長)

 生産工程では、同社のメインPOD機である「Iridesse Production Press」の特殊印刷技術が活かされている。

 「さかなかるた」は、魚の表皮をリアルに再現した魚のかるた。魚が光を反射する時のキラキラ感を銀+CMYKによる「メタリック印刷」で表現し、ウロコの凹凸感を、クリアトナーを5回重ねた「厚盛り印刷」で再現。視覚と触覚の両方で楽しむことができる。また、素材には特殊合成紙を使用しており、水に浮かべて遊ぶこともできる。普段は見たり触ったりできない世界中の魚に触れる体験ができるため、子どもの興味や知育をサポートするアイテムとしても注目を集めている。また、「2022年度グッドデザイン賞 BEST100 グッドフォーカス賞」も受賞しており、その審査評価でも「印刷会社の技術を最大限に活かした最強傑作」と讃美されている。

 この「さかなかるた」は、たまたま起こってしまった2つの失敗から生まれている。

 「まず、以前にたまたま在庫していた特殊合成紙を試しに印刷した際、1枚目はきれいに出たが、2枚目以降は色がのらなかった。ただ1枚目は上手くいったことを覚えていた。2つ目の失敗は、ある仕事で墨の部分をDTP側が間違えてリッチブラックで設定。納品後『凹凸が付いている』とクレームが来た。この2つの失敗を組み合わせて生まれたのが『さかなかるた』である」(柳川社長)


クラウドファンディングで先行販売


 「さかなかるた」の販売には、先行してクラウドファンディングを活用。目標10万円設定のところ、結果、支援総額は558万1,011円に達した。このクラウドファンディングの取り組みは大きな話題となった。

 「当初『販売』という意識があまりなかったせいか、この結果には驚いた。なぜ売れたのか?クラウドファンディングの『プロモーション』の力を思い知った」(柳川社長)

 この成功体験をもとに、同社は今年2月に開催された「東京インターナショナル・ギフト・ショー春2023」にも出展。「さかなかるた」を大々的にアピールしたところ、会期3日でおよそ5,000名が同社ブースを訪れ、その中には水族館関係が20社ほど。さらに台湾、香港、シンガポール、アメリカといった海外からの訪問もあった。

 ギフトショー出展について柳川社長は、「実際のバイヤーの声を聞きたかった。かなり好評で、『この印刷技法を使って何かやりたい』という企業も数社あった」と明かす。

 実際、会場で接客に応じた総務部の柳川理栄氏は、「会期中は6人体制で挑んだが、来客が途切れることはなかった。既存のお客様をはじめ、クラウドファンディングで知られた方、SNSを見て来られた方など様々で、実際に、見て、触って、感じてもらったことで、非常に大きな反響があった。印刷技術の周知はもちろん、今後は『この技術でこんなものを作りたい』といったお客様の新たな発想をコラボレーションに繋げていきたい」との想いを語っている。

大盛況だったギフトショーのブース

 一方、すでに新たなコラボレーションによるプロジェクトも走り出している。昨年末には、しながわ水族館の年末年始のイベントでオリジナルの「さかなかるた」をイベント期間中1日限定100セット製作。連日、昼までにすべて配布し、イベントは大成功を収めた。

 「この協業で水族館でのイベントの仕組みなども分かってきた。今後も『さかなかるた』と相性の良い水族館をはじめ、魚に纏わる会社関係に広くアピールしていきたい」(柳川社長)

 現在の販売流通ルートは、自社のECサイトとアマゾン、TSUTAYA、グッドデザインストアの4箇所。これまでトータル5,000個以上を売り上げているという。

 また、魚に特化した書店「SAKANA BOOKS(サカナブックス)」監修のもと、すでに第2弾「さかなかるた 淡水魚版」も完成。3月末までクラウドファンディングを実施している。「企画、撮影から制作、製造まで約1.5ヵ月で完成させた。PODならではのスピード感だ。「『売れるかどうか』について、私は未だに疑心暗鬼なところがある。ただ、市場の反応や声をひとつひとつ聞きながら確信に繋げていきたい」(柳川社長)

第2弾「さかなかるた 淡水魚版」


印刷業と、「物を売る」という感覚


 「ドライトナーを極める」。これが、柳川社長の「印刷道」だ。もともと、「さかなかるた」に関する一連の挑戦も、ドライトナーの魅力や可能性を広く知ってもらいたいという想いから始まったものである。しかし、なぜドライトナーなのか。

 「オフセット印刷は、まだまだ品質を左右する変動要因が多く、腕がいる」と語る柳川社長。同社では、今年2月末にオフセット5色印刷機を廃棄し、カラーのオフセット印刷事業から撤退している。その理由を「コロナ禍の影響による需要縮小と小ロット化」としているが、その背景には、より印刷事業の軸足をドライトナーPODにシフトしていくという強い「意志」がある。これまで、PODの品質に否定的だった某大手アパレルメーカーにも受け入れられるようになったことも、この意思決定を後押ししている。

 「以前、デザイナーのお客様から『感性』という言葉を突き付けられたことがある。当時はその意味が分からなかったが、いまになっては当社の思想の一部になっている。言われた通りのものを提供するのではなく、『感性』をもって、それ以上の品質、色、価値を提供する。ここで我々はオフセットのドライダウンに泣かされてきたわけだ。ドライトナーにはこの劣化がなく、品質の再現性も高い。『生もの』である印刷において即座に答えを出せ、品質にブレが少ないドライトナーには大きな可能性がある」(柳川社長)

 さらに、厚盛り印刷工程の簡素化や、木材やプラスチック、布などへの印刷、さらにクリア・白・金・銀といった特色トナーのさらなる活用など、同社のドライトナー技術に対する貪欲な姿勢には、まさに脱帽である。

 「『さかなかるた』への挑戦は、我々に様々なことを教えてくれた。とくに『物を売る楽しさ』を経験できたことは、当社の今後に大きな影響を与えるだろう」と語る柳川社長。同社で受注する名刺には特殊紙を使った物が多いため100枚あたり平均で4,000円以上であるのに対し、「さかなかるた」は3,960円(税込)。ほぼ金額は同等だが、受注生産ではなく、千葉印刷自らが発信する自社商品が市場に認知され、消費者が購買行動を起こすということへの価値は大きく違ってくる。

 「『さかなかるた』は、業務の様々なところでスタッフの意識を大きく変えた。これはいずれ当社の大きな財産になるだろう。印刷会社には当然ながら印刷物を製造できる設備がある。あとは『物を売る』という感覚と、その仕組みが理解できれば、様々なチャレンジができる業種だと思う」(柳川社長)

 最新の情報発信地である「渋谷」という地の利を活かしたものづくりにおいて「おせっかいな印刷屋:千葉印刷」は、その先にある新たなブランディングに乗り出したところだ。