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トップ > 特集 > 成長市場を追う:印刷通販特集2012:どうなる印刷通販?〜「印刷通販」の市場特性と今後 印刷業界コンサルタント 奥敦雄氏に聞く

印刷の新たなビジネスモデルとして急成長を遂げた印刷通販。その市場特性と今後は?

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どうなる印刷通販? 〜「印刷通販」の市場特性と今後

印刷業界コンサルタント 奥 敦雄氏に聞く

印刷ジャーナル 2012年2月5日号掲載

奥 氏​​​ 印刷通販が登場してから10年以上が経過した。既に業界内では知らない人がいない印刷通販だが、その市場特性と今後はどうなるのか。今回、印刷業界のコンサルタントである(株)MCCの奥敦雄社長に話を聞いた。

印刷通販の分類

 まず、一口で「印刷通販」と言ってもその種類や取り扱い内容は多岐にわたるため整理しておきたい。図1を見ていただけると分かるように、印刷通販の中にはユーザー(注文者)側がすべて印刷データを作成し、データを印刷通販サイト側に送るタイプの「完全データ入稿タイプ」と、サイトが用意した印刷物のテンプレートに対してユーザーが個別の情報を送り、それをサイト側が当て込んで印刷する「テンプレートタイプ」の2つがある。一般的に完全データ入稿タイプを印刷通販と呼んでいる人もいるが、テンプレートタイプも立派な通販だ。最近では商品ラインナップも増えてきており、「完全データを作れない」、「ちょっとした間に合わせのものでいいから欲しい」というユーザーのニーズをつかんでいる。最近では大判に特化したサイトやシールやパッケージを対象としたサイトなど、印刷通販市場全体が総合化の傾向にある。この流れはあと2、3年続くだろう。おそらくすべての印刷物は通販で注文することができるようになる。


 サイトのタイプ別で見てみると、完全データ入稿タイプは私の調べで2011年末に200社程度、テンプレートタイプのサイトは150社程度が稼働している。とはいえ、サイトだけで十分な利益を確保できているのは上位20%もあればよい方だろう。インターネット通販はサイトを作っても見てもらえなければ売上にはつながらない。立ち上げてから放置されているようなサイトはいくつも見受けられる。

既に始まっている市場淘汰

 市場全体は伸びているのは事実だが、それでも既に市場淘汰は始まっていると言ってよい。従来の印刷ビジネスの延長線上で参入すると痛い目にあうだろう。というのも、従来の印刷ビジネスは地域密着型のビジネスだ。営業担当者が地場の会社を回って仕事を取ってくる。営業担当者のスキルによって受注の可否が決まっていた。ところが印刷通販はインターネットを中心とした小売業としてのビジネスモデルだ。見積り依頼の電話などせずに、すぐ他社との価格比較ができる。24時間土日も関係ない。営業担当者が「駆け引き」できる余地もない。知らず知らずのうちに他社に仕事が流れてしまうのが印刷通販だ。私が把握しているだけでも既に10社以上が印刷通販サイトを閉鎖している。閉鎖はせずともオープンから更新されていなかったり1年以上前に更新が止まっていたりするサイトは、正直いってうまくいっているとは言えない。
 では市場全体は本当に伸びているのだろうか。正確な数値を把握することはできないが、市場全体は確かに伸びている。伸びてはいるがこれは同時に印刷業界全体が縮小することを意味しているのは忘れてはならない。また、市場において伸びている部分は「新規ユーザー」による部分が大きいと私は考えている。ここで言う「新規ユーザー」とは、今まで印刷通販を使ったことのないユーザー、どちらかというと今まで印刷会社に仕事を依頼していた一般企業や学校・組合のようなエンドユーザーを指している。デザイン会社や広告会社のような関連業界や同じ印刷業界からの注文は成長が鈍化している。新規ユーザーに対し、こうした「常連ユーザー」は既に発注先を使い分けるようになっている。品質にこだわる場合、価格を重視する場合、紙の指定がある場合などで複数の印刷通販サイトを使い分けているのだ。つまり、ある程度固定化が進んでいるということだ。これに対して新規ユーザーは発注先が固定化されていないが、やはり認知度が高いサイトに仕事が集まりやすい。結果として新しくオープンした印刷通販サイトは集客にかなり苦労することになる。

 こうした印刷通販市場の成長によって、既存の印刷会社における利益率は減少し続けている。この原因のひとつが印刷通販による印刷物の価格の明示化とそれによる既存の営業モデルの印刷会社の見積り価格の低下によるものだということは間違いない。「印刷通販は値段が下がるから困る」という経営者の方もたまにお見受けするが、それは筋違いというものだ。なぜ印刷通販が拡大するのか。間違いなくユーザーニーズに合ったビジネスモデルだからだ。印刷会社の経営者として意識すべきことは、これらの現実を踏まえた上でどう戦略を展開するかということだ。自社で通販をやっている、やっていないは関係ない。否応なく仕事が通販に移っていくのだ。

どのような印刷通販サイトが選ばれるのか

 ここ2、3年の印刷通販市場を見てみると「値段さえ安ければ注文は集まる」というわけではないということが明らかになってきた。値段はもちろん重要である。お客さんが通販で買う理由として「値段が従来の営業対応の見積りよりも安い」ということは間違いない。しかし、一方で業界トップレベルの印刷通販企業よりも安い値段で打ち出している会社が、まったくと言ってよいほど受注が無いのだ。値段だけ安くしてもユーザーに知ってもらうことができなければ注文は取れないのである。結局、そういう会社はSEOやPPC広告・バナー広告にお金をかけることによって自社の存在を知ってもらうしかない。参入当初は「安さでいけばうちはどこにも負けない。だから今から参入してもたくさん仕事が取れるはずだ!」と勇んで参入した印刷会社は少なくない。ところが、そうした会社が今になって予想以上に売り上げが伸びない事態に焦っているのだ。
 また、もうひとつユーザーが発注する際の重要なポイントがある。それは「スタッフの対応」だ。当たり前なことに聞こえるだろうが、印刷通販会社によってスタッフの対応はまったく異なる。ユーザーが気づいていないところまでしっかりとフォローしてくれる会社もあれば、「送付したデータをそのまま印刷するのが印刷通販だから」と間違ったデータのまま印刷されてくる場合もある。ユーザー心理からすれば、こちらが見落としていた点をしっかりとフォローしてくれて、ちゃんとした印刷物ができるのであれば、他社よりも多少値段が高くなっても安心だ。印刷通販は通常の通販と違って、届けられたものが気に食わないからといって簡単に返品できるわけではない。返品された印刷会社としても別の人にそれを売るわけにもいかない。ユーザーにしても使用期限がある印刷物であれば、返品したところで間に合わないかもしれない。そういう意味では印刷通販は通常の流通小売業の通販と比べて、運営者にとってもユーザーにとっても難しいと言えるだろう。

大手の参入により市場再編が一気に加速する?

 2011年で印刷通販市場を大きくにぎわせたニュースは、大日本印刷とアスクルの業務提携による印刷通販への本格参入だ。今までまったく動きを見せていなかった大日本印刷が印刷通販に参入するだけでも大きなニュースなのに、アスクルと手を組むことで今まで通販を利用したことが無なかったお客さんに入り込むことができる。しかもアスクルのブランドイメージがある。「翌日に届くから『アスクル』」という名前が示すように、「印刷通販と言えどアスクルなら」というように安心して発注する人は多いだろう。こうした流れによって今まで動く気配を見せていなかった大手印刷会社が続々と印刷通販に参入してくるかもしれない。これは今後の印刷通販市場を大きく変化させるきっかけと言ってもいいだろう。
 同様に、印刷通販とは呼ばれていないが、セブンイレブンのネットプリントも注目したいサービスのひとつだ。スマートフォンやパソコンからデータを送るだけで、全国のセブンイレブンのコピー機で出力することができる非常に便利なサービスだ。これも同様に他のコンビニエンスストアが参入する可能性も捨てきれない。こうした大手企業の大規模での参入は業界構造を一気に変化させることにつながるため、今後の動きに注意した方がよいだろう。こうした流れの中で、既に印刷通販に取り組んでいる、もしくはこれから始める印刷会社は一体どうすればよいのだろうか。

ただの「通販」では生き残れない時代へ

 印刷通販の将来を考えるときに、一般的な通販市場を見てみると参考になる。今、高利の通販業界がどのようになっているだろうか。大手企業による総合サイト以外は、ほとんどが「単品特化」の通販サイトであることが分かる。モールに出店していようが、自社独自のサイトで運営していようが、ほとんどの場合、成功しているのはひとつのアイテムに特化している通販サイトだ。もしくは「業者専用!卸会社が扱う企業向けの通販」や「冷え性の人向けに心まで温まるグッズを扱っています」というような、なんらかのテーマに特化したもの。上位数社の総合サイト以外は、こうした特化サイトがほとんどである。なぜか?そうしないと十分な売上を確保できないからだ。この流れはあらゆるビジネスに通じている。何も通販だけではない。実際の印刷業界だって同様だ。通販はまだ市場ができて間もない。だからみんな総合化するだけで売上が伸びていた。ただ、これからはそうはいかない。今後は印刷通販サイトのこうした「総合化」「特化」の棲み分け進むだろう。そこにうまく対応した会社は生き残ることができるだろうが、脱落していく会社もドンドン出てくるのではないだろうか。
 通販、という意味では印刷物もより「小売化」していくと考えられる。タイムセールやポイント制などは当たり前のように取り入れられているし、後払いやコンビニ払いだって可能だ。そういう意味では「嗜好品」としての印刷通販が生まれてもおかしくはない。「通販=安い」というイメージがあるが、一方で通販でも高い商品を売っている会社もある。そうした会社を真似て「高単価」の印刷通販を始める会社があってもよいと思う。
 印刷通販から派生するビジネスモデルとして「プリントマネジメント」も今後さらに広がっていくだろう。そもそもプリントマネジメントとは、発注元の企業が年間に発注している印刷物を計算し発注先の選定と見積り直しによって経費削減をはかる、それをマネジメント会社が発注元の企業と印刷会社の間に入って行うビジネスを指す。マネジメント会社は発注元企業の削減できた経費のうち、ある程度の金額を報酬としてもらう。これがプリントマネジメントだ。印刷通販を運営している企業が既にこうしたプリントマネジメントに参入し始めている。「今まで印刷会社に発注していた分を印刷通販に切り替えれば、これだけ多くの経費を削減できますよ」というわけだ。これによってさらに売上を伸ばそうというわけである。おそらく印刷通販市場が今後成熟期に移行していくにあたって、十分な売上を確保できなくなった印刷通販会社はプリントマネジメントへ参入していくようになるだろう。結果として印刷業界全体はさらに価格競争が激しくなる。こうしたことも、印刷通販が普及してきたことの影響であることは忘れてはならない。

これから参入しようという方のために

 印刷通販業界の市場構成と今後の流れについて見てきたが、これから参入したいという方のためにポイントを紹介しておきたい。
 まずひとつ目は「中途半端な心構えで取り組まないこと」だ。今まで私が受けてきた印刷通販サイトに関する相談で、うまくいっていないサイトの声をまとめると「既存客からの売上が減少しているので、勢いのある印刷通販市場に進出して売上を伸ばしたい」という声が大多数だった。「本業の調子が少し悪いのでちょっと印刷通販でもやってみようか」というような流れでの取り組みであり、「社の命運を左右する」というような必死の思いで取り組んできた会社はどちらかというとうまくいっている。中途半端な気持ちで参入して簡単に儲けが出るというような状況は既に過去の話だ。中途半端に参入しても結果は出ない。やるのであれば経営者が率先して、本気になって取り組むことだ。
 次に「総合化か特化か、自社の方向性をしっかりと決めて取り組む」ということ。言うまでもないが単なる印刷通販サイトを立ち上げるだけではなかなかうまくいかない。自社の設備と相談して、総合化でいくのか特化でいくのかを決めて進めなければならない。中途半端な総合化、中途半端な特化ではすぐに他社に追いつかれてしまう。今はまだ既存の印刷通販サイトで取り扱っていない商材も、他社が始めるとみんな一斉に総合化を始め包み込んでしまう。業界トップクラスの企業は後追いでも間に合うくらいの認知度と展開力を持っていることを忘れてはならない。
 3つ目は「立ち上げてからが正念場」ということだ。印刷通販サイトを立ち上げるには少なくとも2〜3ヵ月は時間がかかる。取扱商品やデザイン、サイトの構造や支払い方法の選定など、決めるべきことは山ほどある。立ち上げるまでにかなり力を取られることだろう。しかし、サイトは立ちあがってからの方が正念場だということを忘れてはならない。前述しているように、ユーザーに見つけてもらうことができなければ、そのサイトは存在していないのと同じだ。知ってもらい、見てもらい、そして発注してもらわなければ売上は上がらないのだ。そのためにも投資計画はサイトの立ち上げだけでなく、認知度を上げるための広告費用も多めに見積もっておいたほうがいいだろう。
 4つ目は「徹底的にユーザー目線になる」ということ。多くの印刷通販サイトを見てみると分かるが、サイトによって情報の掲載量にかなり差がある。電話番号がトップページに掲載されていないなんてのは印刷通販サイトとして論外だし、対応時間帯も明記すべきだ。最短納期がどれくらい早いのか、最安価格がどれだけ安いのかを記載しておくことも、ユーザーをトップページから下層のより詳しい情報が掲載されているページへ導入する方法のひとつだ。実際に注文したお客様の声を掲載することも発注側の信用を得るのにつながる。こうした「ユーザー目線」はできているつもりになっているが、実は全然できていない場合が多い。本当に徹底的にユーザー目線を意識してサイトを改善していくことが重要だ。
 そして最後に5つ目。これが最も難しいと言えるかもしれないが「発注者への対応に注意する」ということだ。私は印刷通販を注文したユーザーの生の声を聞くことができるが、発注者は印刷通販サイト担当者の対応を大きく評価していることが多い。自分が送っていたデータが間違っていた時の対応や、自分では気付かなかったデータ制作上でのミス、急な納品場所の変更など、ユーザーが抱えるトラブルに担当者がしっかりと対応してくれた時、そのサイトには大きな評価が与えられる。実際にクチコミを見ていてもそういった対応に対する感謝の声は少なくない。価格や納期はシステムとして決まっていることであり、人が介入するところではない分、そこでの差別化はむしろやりやすいと言ってもいいかもしれない。こうして重要なポイントを見てみると、通販サイトと言えども成果を出すためにはマンパワーに依存しているということを忘れてはならない。大多数のサイトが「印刷通販サイトを立ち上げさえすればうまくいく」と思って立ち上げており、結果としてそうなっていないのが現実なのだ。

       ◇    ◇

 印刷通販は印刷業界において非常に大きな影響力を発揮している。そしてこれは一時のブームではない。今までなかった新しいビジネスモデルが生まれたのだ。いまや総合通販モール「楽天」の流通総額は年間1兆円を突破している。読者も1度や2度は利用したことがあるだろう。インターネット通販は非常に便利だ。もちろん、そこには相応のリスクを含んでいる。しかし、このビジネスモデルがなくなることは今のところ考えられない。すべての印刷物が通販になることはありえないが、今まで印刷会社が人を介して受注していた印刷物がまだまだ取って代わられるようになるだろう。だからこそ印刷業界にあるすべての印刷会社は、この印刷通販というビジネスモデルに対してそれぞれの答えを持っておく必要があると私は考えている。「積極的に取り組む」でも「自社では取り組まない」でもいい。答えを持ち、前に前に進み続けることが大切なのだ。当記事が少しでも皆さんが答えを持つことのきっかけになれば、私としてこれ以上の幸せはない。



奥 敦雄 氏

株式会社MCC代表取締役。大学卒業後、船井総合研究所に入社。印刷業界をコンサルティング領域として研鑽を積む。2009年独立後も一貫して印刷業界に対してコンサルティングを行っている。近年はコンサルティング以外にも実務面のサポートとしてホームページの制作、イベント「印刷EXPO」の開催、印刷通販のクチコミサイト「PrinG」の運営など様々な分野において印刷業界の活性化を行っている。講演・執筆実績多数。
※運営サイト「印刷会社経営.com」にて業界誌に対する過去の寄稿を掲載。Twitterアカウント:MCC_oku