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「戦略的CSR」実践のすすめ|正しい調達が会社、社会を変えていく

全印工連CSR推進委員会 浦久保 康裕 委員長に聞く

印刷ジャーナル 2021年2月25日号掲載

 企業の社会的責任「CSR」。その中でも環境対応や情報保護などは印刷業界が取り組むべき必須のテーマと言えるだろう。そのような社会背景の中、全日本印刷工業組合連合会は、2013年に「全印工連CSR認定制度」を創設。認定企業は125社(2020年12月現在)となり、厳しい経営環境の中においても年々増加している。そこで今回、全印工連CSR推進委員会の浦久保康裕委員長(大阪府印刷工業組合理事長)にインタビューし、印刷会社がCSRに取り組むメリットやCSR認定を取得することによるアドバンテージ、また、コロナ禍でのCSRのあり方などについて話を聞いた。

浦久保 CSR委員長


従来取り組んできた企業活動を「統合」する概念がCSR認定制度


 全印工連が「CSR認定制度」を創設したのは2013年。しかし全印工連ではそれ以前から、ネットEMSによるISO14001、グリーンプリンティング、MUD、近年ではJPPS等の認証制度に取り組んできた。これらの個別の活動はすべて企業が社会の一員として果たすべき役割の実践、つまりCSR活動そのものだと言える。これらの取り組みは、近年取り組みが加速化してきたSDGsにもつながる。今までの個別の取り組みを纏め、統合したものがCSR認定制度だ。

 例えば、日印産連の環境優良工場などに認定されたとしても、それだけでは、業界内のインナーな取り組みにしか見えず、我々の顧客である外部の企業や官公庁には魅力的な活動には感じにくいところがある。しかし、これまで取り組んできたプライバシーマークやISO、MUDなどの様々な企業活動をパッケージにしてCSR認定制度に「統合」することで、社員の活動も分かりやすく整理できるし、外部の顧客へのPRもやりやすくなる。これまでの活動が「つながった」と感じることができるはずだ。

 これまでの企業活動をCSR活動やSDGsと紐づけていくことで、顧客にも説得力のある取り組みとして説明しやすくなる。業界内認証の枠の中でとどまっていると「やってるね」という話で終わってしまい、それではもったいない。それをCSR活動として統合していくと、顧客にとっても分かりやすくなる。個々の企業において様々な取り組みを行っていると思うが、それを統合する概念でCSR活動に紐づけていくことで、社員の活動への理解度も上がってくる。

 昨今、SDGsへの取り組みが広がっているが、17のターゲットの中でも、我々が以前から取り組んでいるものはかなりたくさん入っている。それをしっかりと実践している印刷会社が、企業の「調達」で貢献できる。企業も従来はコストや納期などハードな部分で調達を考えていたと思うが、今は安い、早いだけでなく、企業として正しい企業経営を行い、CSR活動にしっかりと取り組んでいる印刷会社が正当に評価していただける動きになってきている。


行政の入札にも変化、和歌山ではMUDが条件に


 例えば、平成28年から施行されている「障がい者差別解消法」という法律がある。その法律の中には、情報伝達分野における合理的配慮、人的支援、そして建築を含めた空間での配慮という3つのカテゴリーが書かれている。この中の情報伝達分野における配慮というのは、MUDなど、まさしく印刷業界が取り組んでいることである。

 行政ではこのような法律に抵触すると罰則規定があり、当然、行政の印刷物の調達ではMUD的な手法が取り込まれていないとだめということになっている。このようにMUDに限らず、印刷会社は今までの取り組みをしっかりと外部に伝えることができれば、値段や納期だけでなく、今までの取り組みそのものがアドバンテージとなる。

 如何にしてCSRを戦略的に使うのかと言われているのは、まさにここである。調達に結び付けていくことが大切である。一生懸命やっていることが、正当に外部の人に評価されていくことように戦略を組んでいかねばならない。私が今、CSR推進委員会の委員長として取り組んでいることは、組合員など業界内部への取り組み推奨に重きを置いてはいない。役所や団体、企業などの発注者に、印刷会社のCSRへの取り組みが、調達にどのようなメリットがあるのかについて説明していくことに力を注いでいる。

 このような中、例えば和歌山県ではすでに入札に変化が表れている。入札要項にMUDの認証取得企業を条件にするなど、かなり踏み込んだ調達についての概要が書かれている。つまり、印刷業界がこれまで取り組んできたことが外部に認められ、それが調達に結び付いているという構造がすでにできあがっている。

 また、最近あったことだが、2021年度の大阪市職員採用広報公募型プロポーザルの選考委員になり、提案にMUDに考慮した表現方法になっているかの観点から審査を行った。

 このような取り組みをさらに広めていくために、2020年春に開催を予定していた「CSRサミット」は新型コロナの影響で中止になってしまったが、「正しい調達(SR調達)が会社や社会を変えていく」をテーマにして来年度に開催することを検討している。これには業界内の組合員だけではなく、一般や学生なども含めて、CSR活動を行っている印刷会社に調達を変えた企業などの担当者にパネラーや基調講演に入ってもらう。これにより、CSRにより会社も社会も変わるということを業界内外に改めて周知していきたい。

 よく、MUDやCSRの取り組みをすれば儲かるのかと質問する人がいるが、大切なのはこれらの取り組みをいかに自社の企業姿勢として外部に伝え、そしてその活動を通じて発注者に貢献していけるかを伝えることである。資格を取得しただけでは仕事は増えない。「戦略的CSR」と言われるとおり、自社の特徴として営業活動に活かすことで競合他社との差別化になる。これがCSRで成功するためのポイントと言えるだろう。

 また、CSR活動のPDCAサイクルを回すことで、社員の意識や行動にどのように影響を与えていくのかを考えなければならない。つまりCSR活動に取り組んでいる意味を社員が実感するという構造にもっていかないと、いくら叱咤激励しても社員は着いてこないということである。今やっていることを自社のみならず、顧客や地域社会にどのように生かすのか、そしてどのような好影響を与えるのかを理解させ、一人一人の行動が、顧客や社会からの評価につながってくるという意識付けをしていくことが、CSR活動を社内で仕組みとして定着させていくためのポイントだと言えるだろう。


CSR認定制度は自社を見つめ直す機会に


 全印工連の「CSR認定制度」には、最低限ここはクリアする必要があるというベースの部分と、自社の特長を地域性などを生かしながら加点していける部分がある。この部分が各社の規模や事情、地域性、顧客との関係性などで変化していくところであり、創意工夫で独自活動を生み出し、ワンスター認証を取得後、ツースター、スリースターとスパイラルアップしていくための伸びしろにもなる。

 印刷業界は地場産業であり中小零細企業が多く、地縁で結び付いている顧客も多く、かなり地域に根差している産業と言える。このため地域との接点をいかにして高め、そして密着度を強めていくかが大切である。

 そのための取り組みには様々なものがあると思うが、オープンファクトリーなども地域との関わりを強めていくための良い取り組みだろう。例えば、地域の子供に印刷の残紙をメモ帳にして配ることで、自社の環境への取り組みをアピールすることができる。自社の工場環境を守るだけでなく、アイデア次第で地域の環境を守るための、外に目を向けた様々な活動ができると思う。自社のためだけではなく、外部に向けて自社で工夫し、どのように活用していくかということが、CSR活動の面白いところであるとも言える。

 そして、地域に自社を新しい存在として認められることができれば、新しい印刷受注やその他の仕事の可能性も出てくる。コロナ禍で厳しい経営環境の中であるが、自社の特性や地域との関わりを見直すためにもCSR認証制度は良い制度であることを改めて申し上げておきたい。

 また、ワンスター認証の取得企業が今後、ツースター、スリースターとスパイラルアップを目指していく場合、さらにレギュレーションが細かくなり、エビデンスを出すなどの第三者評価などが加わってくるため、特定の分野にかなり特化していくことが求められる。現在の認証取得企業125社のうち、ワンスターが105社であるのに対し、ツースターは15社、スリースターは5社のみであるが、もっと多くの認証企業が上のランクを目指していけるための理由を作っていきたい。

 価格、納期などのハードスペックで勝負する時代は終わった。コロナ禍において業績が落ち込む中、本当に残っていく印刷会社になるには、自社の強み、特長をしっかりと理解して商品化していかなければならない。そして、自社の特長を伸ばす中の考え方として、地域との関わりを強め、CSRを通して自社の強みを再確認してもらうことが大切だと思う。


社会構造が変化する中、会社への帰属意識を強めるツールにも


 コロナ禍により、社会構造、行動様式が大きく変化している。会社という塊の考え方、働く社員の働き方、テレワークやリモートなど、会社そのもののあり方がかなり多様化してきた。そのような中、社員の会社への帰属意識は薄れてきている。

 日本人はこれまで、会社という塊の中にいて初めて、個人の存在であったり働きがいを見つけていたが、今回のコロナ禍により、それが見えにくい状況になっている。その意味で言うと、今後、社内の意思統一を行っていくための手法として、CSRをいかに活用していくかがポイントになってくるかも知れない。

 しかし、今はまだ、出るな、会うなという状況であるので、企業活動や個人としても制約を受けている。そこに至るのはまだ先になると考えており、それ以前に働き方改革やモラルハザードなど、インナーの改革が起こると考えている。集団でいたことの理由が変化してくる。例えば、週休3日とか、テレワーク、ダブルワークも当り前になるかも知れない。

 会社のアイデンティティーをどこに求めるかということは、経営者としては考えていくべきことである。今まではフェイスtoフェイスで、手の届く範囲で管理できていたことが、どんどんできにくくなる中で、会社のアイデンティティーを作るための1つの方法論としてCSRは出てくるだろう。コロナ禍の影響で対外的なCSRの内容が変化してくることはないと考えているが、社員がより会社に帰属する意識を強める上で、CSRは有効なツールになる可能性はあるのではないかと考えている。