(一社)日本印刷産業連合会(日印産連)の金子眞吾会長は、「2019年 印刷文化典」の記念式典の席上、「日印産連では、SDGs推進プロジェクトを新設し、常設委員会の活動とSDGsの目標を関連付けて事業を進めている」と、SDGsへの対応について本格的に開始したことを明らかにした上で、2019年度における活動の重要テーマとして「地方創生」「女性活躍推進」「地球環境」の3つを挙げた。今回、印刷業界団体である日印産連が、SDGsへの取り組みを開始した目的などについて、SDGs担当の小澤典由常務理事に、そして、市場調査部の山本正己部長、上村護SR部長、環境安全部の柳井智部長の3氏に、それぞれが担当するテーマの活動状況などについて聞いた。
グランドデザインをベースに重要課題を抽出
日印産連は、創立30周年を迎えた2015年に、印刷産業が社会の中で果たすべき役割を整理し、さらに高い社会的責任を果たしていくことを目指す「グランドデザイン」をとりまとめ、その実現のための指針となる「ミッション・ステートメント」を策定している。さらに国際的な社会的責任のフレームワークである「国連グローバルコンパクト」への指示を表明している。日印産連では、このグローバルコンパクトが提唱する4分野10原則は、「グランドデザイン」の実現によって印刷産業が目指す姿であると位置付けている。
さらに国連が掲げるSDGsは、印刷産業が取り組むべき社会課題が数多く含まれていることから、日印産連では、グランドデザインをベースに国連グローバルコンパクト、SDGsから導きだした「地球環境への配慮」「労働安全衛生の確保」「ダイバーシティ経営、人権および多様性の尊重」「情報セキュリティへの対応」「地方創生への貢献」「知的財産の保護と活用」の6項目を印刷産業が取り組むべきSDGsの重要課題として、これらの達成に向けた取り組みを開始した。
その活動開始を業界内外に示すために日印産連は、「2018年9月 印刷の月」において、サステナビリティ日本フォーラム・代表理事の後藤敏彦氏を講師に迎え「SDGs」をテーマとした講演会を開催し、その活動のキックオフを宣言している。
印刷の月で講演を行った後藤氏とは、日印産連としてのSDGsへの対応についての協議も行っており、多くのアドバイスを得ている。
「後藤先生からは、日印産連が現在、推し進めている事業の中にも、SDGsに関連するものが必ずある。まずは、それらの事業とSDGsを紐付けていくことが重要であるとの助言を頂いた」(小澤常務)
さらに日印産連は、内閣府が推し進める「地方創生SDGs官民連携プラットフォーム」に参画するとともに、2019年には「SDGs推進プロジェクト」を正式に発足し、「地方創生」「女性活躍推進」「地球環境」の3つのテーマを中心に活動を展開していく方針を打ち出している。
ソリューションビジネスを地方創生に応用展開
政府は、国内においてSDGsに取り組むための指針として「拡大版SDGsアクションプラン2019」を策定している。同アクションプランでは、「SDGsと連動する『Society5.0』の推進」「SDGsを原動力とした地方創生、強靱かつ環境に優しい魅力的なまちづくり」「SDGsの担い手として次世代・女性のエンパワーメント」を3つの柱として掲げている。
日印産連では、その柱の1つである「SDGsを原動力とした地方創生、強靱かつ環境に優しい魅力的なまちづくり」に着目し、全国各地に点在する印刷会社は、その業務を通じて、地方創生に貢献できるのではないかと考えている。
例えば「観光」というコンテンツで考えた場合、ガイドブックやポスター、チラシなどの情報伝達ツールの制作、さらには、お土産など商品企画など、印刷会社は、様々な側面から地方創生を支援できる。
「地方創生」を担当する山本部長は、印刷会社の得意とするソリューションビジネスを地方創生に応用展開することが重要と説明する。
「現在の印刷会社は、民間顧客の課題を見つけて、その課題を解決するソリューションビジネスに注力している。つまり、顧客の課題を解決することが印刷会社の収益につながっていく。これを民間顧客ではなく、日本全国の地域・地方に置き換え、それぞれの自治体が抱える課題の解決をお手伝いすることが地方創生につながっていく」(山本部長)
地方創生を新たなビジネスチャンスに
印刷会社は、あらゆる産業を顧客にもっている。そのため1社単体では難しいことでも、様々な業種の企業同士を結びつけることで実現できることもある。つまりコーディネート能力に長けている。山本部長は、このコーディネート能力こそが地方創生における印刷会社の強みであると語る。
「地方創生SDGs官民連携プラットフォーム」には現在、一号会員(都道府県、市町村)401団体、二号会員(関係省庁)13団体、三号会員(民間団体等)578団体の合計992団体(令和元年9月現在)が参画し、様々な取り組みが同プラットフォーム上で公開されている。
日印産連も独自の取り組みとして、2019年3月に「じゃぱにうむ2019-印刷産業の地方創生事業事例発表会」を開催し、全国各地で地方創生に取り組む9社がそれぞれの取り組みを紹介している。
政府は現在、SDGsへの取り組みを活性化するために、主要な金融機関に対し、地方への積極的な融資を促していく「地方創生SDGs金融」の研究を行っている。これは、SDGsに取り組んでいる企業をリストアップし、地方創生のための融資を行うものである。
「事例発表会などを通じて、印刷会社が積極的に地方創生に取り組んでいることを広く発信することで、様々な課題を抱えている地方自治体に認知してもらえる。また、地方創生SDGs金融が実施されれば、その融資制度を活用し、地方創生を新たなビジネスチャンスに転換できるはず」(山本部長)
女性活躍に向けて様々な活動を展開
日印産連は2015年9月、「企業行動委員会」の分科会として「女性活躍推進部会」を発足した。
「女性活躍推進」を担当する上村部長は、「当初の目的は、SDGsへの対応ではなく、2016年4月に施行された『女性活躍推進法』に向けて、印刷産業としての取り組みを協議していくことであった」と説明する。
女性活躍推進部会では、まず日印産連に加盟する10団体に対し、女性活躍推進に関するアンケート調査を実施。しかし、その当時は、2つの団体を除いては、女性活躍推進を事業として取り組んでいる団体がなかったという。そこで同部会では、「女性の推進に活動情報などの10団体での共有」「印刷産業に働く女性の連携の強化」「印刷産業の活性化に向けた女性視点での情報発信」「女性の活躍推進に関しての意識の変革」の4つの方針を立ち上げた活動を開始した。
現在、同部会では、女性活躍推進からダイバーシティ経営にまで裾野を広げ、各種セミナーなどを企画し、これまでに様々な講師を招聘した「女性活躍推進セミナー」を開催し、女性活躍推進への取り組みについての啓発活動を展開している。
さらに2018年度には、新たな取り組みとして女性リーダー同士の交流を深めることを目的に「WAIGAYA(ワイガヤ)」を開催している。
この「WAIGAYA」は、日印産連に加盟する10団体すべてから女性リーダーの参加を募り、見学会や講演会、意見交換などを通じて交流を深めていくもの。
「座学だけでなく、WAIGAYAのような交流の場を提供することも大切であると考えている。他社の取り組み状況などを知ることで、意識改革にもつながり、何よりも楽しく学べることが重要である」(上村部長)
環境自主行動計画を策定
印刷産業は、業界全体で早くから環境に取り組んでいる。これは印刷会社、印刷資機材関連メーカー、そして日印産連をはじめとする業界団体に共通することだ。
「地球環境」を担当する柳井部長は、SDGsにつながる取り組みとして「環境自主行動計画」を挙げる。
日印産連では、環境自主行動計画を策定し、多くの企業に参加を呼びかけ、その活動実績を公表している。環境自主行動計画は、「低炭素社会実行計画」「循環型社会形成自主行動計画」「VOC排出抑制自主行動計画」の3つで構成されており、いずれの取り組みも継続して目標を達成している。これらの取り組み成果は、関係省庁にも報告されている。
「この3つの自主行動計画は、2020年度の達成目標を2018年度の段階で上回っていることから、状況を見て新たな目標値を設定していく」(柳井部長)
また、柳井部長は「印刷産業環境優良工場表彰」や「グリーンプリンティング認定制度」についても環境配慮の側面からSDGsを支援していると説明する。
さらに日印産連は、経済産業省の主導のもと地球規模の新たな課題である海洋プラスチックごみ問題の解決に向け、プラスチック製品の持続可能な使用や代替素材の開発・導入を推進し、イノベーションを加速化するために設立されたCLOMA(クロマ)に参加するとともに、独自の検討会を立ち上げ、印刷産業としての海洋プラスチックごみ問題への対応の協議を開始している。
重要なのはプラスチックと賢く付き合うこと
その協議を行う上での共通認識として柳井部長は「プラスチック=悪という考えではなく、いかにプラスチックと賢く付き合っていくかということ」と説明する。
「軽量化や簡素化、さらにはリサイクルしやすいような素材の開発だけでなく、適正な廃棄の方法などを広く認知してもらうこと。そのため日印産連としては、脱プラという考え方ではなく、プラスチックという素材の優位性を認めつつ、製造から流通、そして廃棄までのプロセスにおいて適正な使用を促していくことが重要であると考えている」(柳井部長)
2019年に大阪で開催されたG20では、新たな海洋プラスチック汚染を2050年までにゼロにする目標が採択されている。この問題に関しては、日印産連単独で解決できるものではない。そのため日印産連では、多くの企業や研究機関などと連携し、印刷業界として貢献できることを検討していく。
世界的に気運が高まるSDGsへの対応。山本部長は、SDGsを経営戦略の1つとして認識してもらいたいと語る。
「印刷会社は、すべてのサプライチェーンの中に組み込まれている。つまりあらゆる産業を顧客としている。今後、その顧客がSDGsへの取り組みを標榜したときに印刷会社は、それに追随していかなければ、ビジネスを継続できないような状況になることも予想される。その対応策として日印産連は、加盟10団体を窓口として、それぞれの団体に所属する組合員企業に対し、SDGsへの取り組みを訴求していかなければならない」(山本部長)