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「湿し水」とは、平版印刷において親油性の画線部と親水性の非画線部を明確に区別するために版面上での濡れ性向上を目的とし低い動的表面張力、適度なインキ乳化性、印刷版の整面性などの機能を持った希釈済みの循環使用水である。それに対し「エッチ液」とは、この目的を達成するために、処方された濃縮液で、原水(水道水、地下水)に対し1~5%の濃度で添加される機能製品であり、動的表面張力の調整助剤としてのIPA(イソプロピルアルコール)と併用される場合が多いが、近年の環境問題から湿し水における課題としてIPAの削減が大きなテーマとなっている。

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湿し水の基礎知識と最近の動向
光陽化学工業株式会社 開発部 福島利光氏

印刷ジャーナル 2008年2月15日号掲載

 「湿し水」とは、平版印刷において親油性の画線部と親水性の非画線部を明確に区別するために版面上での濡れ性向上を目的とし低い動的表面張力、適度なインキ乳化性、印刷版の整面性などの機能を持った希釈済みの循環使用水である。それに対し「エッチ液」とは、この目的を達成するために、処方された濃縮液で、原水(水道水、地下水)に対し1~5%の濃度で添加される機能製品であり、動的表面張力の調整助剤としてのIPA(イソプロピルアルコール)と併用される場合が多いが、近年の環境問題から湿し水における課題としてIPAの削減が大きなテーマとなっている。
 オフセット印刷における「給水機構」は、1970年代から連続給水機構へと移行をはじめ、立ち上がりの速さ、給水量の安定性などで印刷品質の向上と高速化を実現し、現在に至っている。開発当初の連続給水機構は、IPAの使用を前提に設計されたものであったが、IPAは労働安全衛生法(有機則)や消防法(危険物)の規制を受ける化合物であり、印刷業界ではその削減要望が高まりをみせ、印刷機械メーカーによる装置上の改善、薬品メーカーによる代替アルコールやノンアルコール追及型湿し水エッチ液の開発が進み、削減効果が現れつつある。

エッチ液の機能と役割

 エッチ液の成分はメーカー各社により様々であるが、主に以下のような配合となっている。
 エチレングリコール系やプロピレングリコール系の溶剤が、20~60%含有している。この成分はIPAが持つ機能の一つである動的表面張力を補う役割を果たす。また、インキ乳化調整剤として界面活性剤が、1~5%含まれており、適正乳化を維持するために重要な成分で各メーカーのエッチ液の特徴を左右する成分でもある。
 次に、リン酸やクエン酸など、またその塩が1~5%含まれている。これらは、非画線部のインキ汚れ抑制と同時に親水化を維持する機能を併せ持つ。これ以外に一時停止時の版面保護作用などの目的で水溶性樹脂が1~5%、その他として防腐剤、消泡剤、防錆剤が微量配合されている。
▽動的表面張力(給湿液効率)
 印刷速度を1万5,000回転とした場合、各ユニットの紙の通過速度は0.24秒となる。さらに、版面に新たに水が供給されインキに接触するまでの時間は、その1/10以下であり水膜を安定化するには1/100秒以下で達成しなければならないと想定される。最近のエッチ液は、さらなるノンアルコール化要求に応えるため、図-1に示したようにA→B→Cと動的表面張力を下げたものが開発される傾向にある。
▽インキ乳化の適正化
 版面上の水膜を動的表面張力の能力により極限に少なくできたとしても、インキ中に分散した水滴(乳化水)が均一で安定化されていないと印刷中に汚れやインキ濃度変化として現れる。印刷時インキ中の乳化水の様子を模式化およびパターン化すると図-2のようになる。
 パターン1は乳化水量が少なく比較的大きい粒径の水滴が多い場合で、部分的着肉不良やシャドウ部の絡み発生が原因で濃度UPしづらい。パターン2は乳化水量は適度だがインキ中から排出されにくい極小径の水滴が多い場合で、印刷立ち上がりは安定しているが、ロングラン時に過乳化し汚れやすくなる。パターン3は乳化水量が適度で均一な粒経の水滴が均一に分散している場合で、この状態の時が最も安定した印刷が可能となる。
 乳化水の均一化および含水量を制御できる界面活性剤の選定、配合が新世代エッチ液開発の生命線となる。
▽印刷版の整面作用
 湿し水を循環使用していると、印刷枚数が多くなればなるほど、インキや紙から溶出した成分により版面が汚れやすくなる。また、印刷中に版表面はインキローラーやブランケットと30℃前後の環境でかつ高速で接触し続けるので、親水性を維持し難くなる。
 エッチ液に配合されている酸や塩は、インキ汚れを非画線部から除去、および親水性の変化を修正する機能をもっている。
▽その他の機能
 腐敗による湿し水の性能劣化や悪臭防止、消泡剤添加による水舟や循環タンク内の泡立ち防止、機械部品の防錆機能が付与されている。また、近年では循環濾過装置への対応能力も機能の一つとなりつつある。
 
最近の動向
 
 近年、印刷機材の進化による対応と地球環境を考慮した対策が課題となってきている。
▽多色両面印刷機への対応
 近年、短納期化、高い生産性、設置面積の効率などから8色以上の両面機が増加傾向にある。多くのメリットがある反面、紙は8回湿し水の影響を受けるので伸縮による見当精度の低下が技術課題となっている。
 多くの多色両面印刷機ではすでに湿し水の影響による見当精度の低下抑制対策が種々とられているが、この現象に対するエッチ液の対策としては、インキと版面とブランケットの間における湿し水の分配方向性を制御できる設計が必要となる。
▽環境問題(VOC対策)
 VOC(Volatile Organic Compounds、揮発性有機化合物)は大気汚染の原因として抑制が要望され、改正大気汚染防止法において印刷業界でもオフ輪、グラビア工場は規制の対象となっている。また、業界においては日本印刷産業連合会のグリーンプリンティング(GP)認定制度や環境保護印刷協議会(E3PA)のように自主規制運動が進行している。いずれにしても、社会性を考慮してVOCの削減努力は急務となっている。
 このような状況において湿し水ではIPAのより一層の削減が重要であり、薬品メーカーは、湿し水エッチ液の機能、性能の向上のため、さらなる開発を推し進めている。
 また、「湿し水の機能と役割」で紹介したように、現在のノンアルコール湿し水エッチ液にはアルコール代替物質としてグリコールエーテル系の化合物が添加されており、この添加剤についても難揮発性物質への転換が必要と考えている。
▽グレージング
 グレーシングとは、硬化インキ、紙のコーティング剤、アラビアゴムなどの水溶性樹脂成分、湿し水エッチ液中の電解質、そしてゴミなどの微細な物質がインキローラー上に堆積し、ローラーのインキ着肉性を低下させる状態をいう。最近の印刷においてはグレージングに係わる問題発生の頻度が増加傾向にあり、対策としては過乳化の抑制と原因物質を削減した湿し水エッチ液の使用などの方法があるが、発生防止策として専用のグレーズ除去薬品の定期的使用も有効である。
▽版材の変化
 印刷版は1990年代からCTPが登場し現在も増加傾向にある。また最近は現像工程を必要としないノンプロセスプレートが実用化されている。よって版材の変更により砂目が変化し、より保水性の良い湿し水が要望される傾向にあり、またCTP化の流れの中でFMスクリーニングなどの高精細画像が進行し、微細網点の再現が重要となることで、より均一性の高いインキ乳化状態と流動性の維持を可能とするエッチ液性能が要求されつつある。
  ◇ ◇
 湿し水におけるIPAの削減は印刷会社、印刷機メーカー、薬品メーカーなどの努力により、着実に進行しているが完全に排除された状態には至っていない。またオフセット印刷は今後も発展し、技術革新や環境保全、安全化などにより材料面で新たな対応が要望される局面も予測される。
 私共、薬品メーカーとしては技術開発に精励し、より環境に配慮した高品質で安全な製品の提供に努めていきたいと考えている。