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「進化する製本・後加工」特集

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渋谷文泉閣、開いたまま閉じない製本「クータ・バインディング」

印刷ジャーナル 2017年3月5日号掲載

クータ・バインディングで製本された書籍の前で渋谷社長
​ 手で押さえなくても閉じない製本「クータ・バインディング」。この製本方法は、約15年前に(株)渋谷文泉閣(本社/長野市三輪荒屋1196-7、渋谷鎮社長)の先代である渋谷一男会長が開発し、現在は写真集、画集などの美術書、パソコンや家電の取扱説明書、料理本、楽譜、学参関係、マニュアル本など様々なジャンルで採用されている。将来的には学校教科書への採用も目指し、文部科学省にも採用メリットを訴えているようだ。「誰にでも読書の楽しさを実感していただける製本のユニバーサルデザイン『クータ・バインディング』で出版文化の一翼を担っていきたい」と語る同社の渋谷社長に取材した。

開きの良さと丈夫さ両立

 同社は大正6年、東京都文京区の地で活版印刷業として創業。昭和20年、戦争のため中断したが、同34年に長野市において再興。現在は、創業100周年の伝統と技術を継承する上製本、手軽に多くの読者に情報を伝達する並製本、そして製本のユニバーサルデザイン「クータ・バインディング」で出版文化の発展に貢献するほか、長野市内の制作・製版・印刷・製本のプロ集団6社でタッグを組み、印刷物の輸送コストを抑えて遠隔地からの受注にワンストップで対応する「P-NET信州」により、長野県の地場産業である印刷・製本技術を全国に提供している。

 クータ・バインディングは、本の背の部分にクータという筒状の紙を貼ることにより、本を開くと背表紙と本体の間に空洞ができ、開いたページをほぼ平行に保つという構造。先代の渋谷会長が手にハンデのある友人から、「ストレスなく読める本を作って欲しい」と相談されたのがきっかけであったという。

 しかし、本の開きの良さと丈夫さは相反するものであり、実用化までには10〜15年を要したようだ。渋谷社長は「クータの技術は上製本のハードカバーの書籍の強度を高めるための技術であるが、並製本への応用は実績がなく、クータを背表紙に埋め込んだ試作品を何パターンも作りながら試行錯誤を繰り返した。また、糊についてもエマルジョン系や澱粉糊系、ホットメルト系など様々なものを試した」と開発までの道のりを振り返る。

 そんな中、同社に一筋の光が差し込んだ。開きの良さと丈夫さを両立する「PUR接着剤」の登場である。渋谷社長は「PUR接着剤の採用により、丈夫さと開きの良さを両立させた、手で押さえなくても閉じない製本『クータ・バインディング』が実現できた。その後、背にクータを貼り付ける機械を製造。これにより量産化が可能になり、実用化に至った」と説明する。これにより同社が理念とする「丈夫で見やすく、美しい製本」の3要素すべてをクリアできたようだ。

 渋谷社長は、クータ・バインディングの優位性について「PUR接着剤を使用しているため環境対応面に優れていることに加え、耐インキ溶剤、高温、低温あらゆる使用環境への対応も万全。両手で押さえなくてもページが閉じず、コピーも取りやすい。コストも普通の並製本より大幅にアップせず、見開きなどノド元まで開く。A6の文庫本からB4の美術書など、厚さや種類にも幅広く対応している」と説明する。また、日本、台湾、韓国において特許取得済みとなっている。

楽譜や料理本、実用書、マニュアル系の出版社を中心に採用が拡大

 実用化に向けての条件が揃い、渋谷社長は全国の出版社にクータ・バインディングの営業活動を開始した。当初はあらゆる出版社に営業していたようだが、「東京国際ブックフェアに出展したところ、楽譜や料理本、実用書、マニュアルなどに強い出版社様が興味を持っていただけるということが分かった。それ以降は順調に採用される出版社様が増え、現在は様々なジャンルにクータ・バインディングが採用されている」と渋谷社長。平成27年度は、500点弱の出版物に「クータ・バインディング」が採用されたようだ。

本を開くと背表紙と本体の間に空洞ができ、開いたページをほぼ並行に保つことができる
 そして、将来的に同社が目指しているのが学校教科書への「クータ・バインディング」の採用だ。学校教科書は長期間使用するため、丈夫さが優先され、針金による平綴じが採用されている。このため丈夫であるが開きが悪く、生徒にとっては勉強しづらい製本方法と言える。渋谷社長はこれまでに文部科学省に2回ほど出向き、「クータ・バインディング」を採用することのメリットについて説明したという。

 「一企業の取り組みであるため、学校教科書に採用されることは簡単ではないが、文部科学省では現在、弱視の方向けの拡大教科書を普及させる活動を進めており、白色度を抑え眩しさを軽減させたリサイクルペーパーや目への刺激が少ないインクの採用に加え机上で開いたまま維持できる製本方法である事、などの計画が盛り込まれているという。開きやすく読みやすいということは、生徒にとっても勉強しやすく、能率が上がり、ひいては学力向上にもつながるはずである。拡大教科書の普及にあたって、クータ・バインディングに脚光が集まることを期待したい」(渋谷社長)

 クータ・バインディングを採用するメリットのある分野へは、すでにほぼ実績があるようで、「今後はさらなるシェア拡大に努めていきたい」と渋谷社長。日産15万〜20万冊の量産が可能で、生産キャパにはまだまだ余裕があるという。

PUR糊の性能向上と比例して「クータ・バインディング」も向上

 PUR接着剤が登場して20年余り。この間、品質や乾燥時間の短縮など性能は改良され、これと比例してクータ・バインディングも性能向上を続けている。とくに乾燥時間については、当初の半分の時間で乾燥するなど、作業性の向上や納期短縮につながっているという。

 「当社ではクライアントの承諾の上、基本的に並製本はPURで行っている。製造コストはかかるが、読者に良い本を提供するため、企業内努力でコスト削減を図っている」(渋谷社長)

 クータ・バインディング、PUR製本で出版文化の一翼を担う同社の今後に注目したい。