(株)講談社(本社/東京都文京区、野間省伸社長)は昨年末、大手出版社として自らが書籍の少部数生産に乗り出すことを発表し、大きな話題となった。読者の趣味嗜好が多様化する中、新刊出版点数の増加、初版部数の減少といった傾向を背景に、少部数の書籍を合理的なコストと短納期で製造するのが狙い。多くのタイトルを世に送り出すとともに、重版の即時性を高めることで、返本リスク回避や在庫コスト削減を目指す。日本初のフルデジタル書籍生産システムは今年夏の実稼働を目標としている。
高止まりする返本率、突き詰める少部数生産
2011年の出版物(書籍・雑誌合計)の推定販売金額は前年比3.8%減(706億円減)の1兆8,042億円。活字離れや競合市場の台頭、書籍の短命化などを背景として、1990年代後半に生まれた「出版不況」という言葉は、いまもなお紙メディア全体の行く末に大きな影を落としている。
読者の趣味嗜好が多様化することによって新刊出版点数が増え続ける一方で、初版部数の減少傾向が続いている。また、一度販売された本が再び読者の手に渡っていく、いわゆる二次流通の市場が成長する中で、出版社における従来の販売手法の常識は通用しなくなったとも言われている。
さらに、およそ4割とも言われている返本率は高止まりの状態。この4割という数字はあくまで平均であり、少部数の書籍になるとその数字は6割にも跳ね上がる。「出版不況のひとつの要因」ともされるこの返本率の高止まりは、出版社の経営に「リスク」として重くのしかかる結果となっている。
そんな中、昨年末に大手出版社の講談社自らが書籍の少部数生産に乗り出すことを発表。出版業界のみならず、印刷業界にも激震が走った。
「どの本がどれだけ売れるかについては即座に分かるわけではない。初版部数のシビアな設定もそうだが、市場でのレスポンスに応じて即座に本を供給できる体制が必要になる。しかも冒険的な見込み部数ではなく、より確実な部数を突き詰めると、さらに小ロット生産の必要性は増す」と語るのは、講談社の梅崎健次郎業務局長。読者の多様なニーズにより柔軟に対応しながらも、生産・管理コストを低減する新たな書籍製造ラインの必要性を強調している。
実運用はグループ会社と外部協力企業に委託
今回、講談社が新たな書籍製造ラインとして採用を決めたのは、HPのインクジェットデジタル輪転印刷機「T300 Color Inkjet Web Press」および同機にインライン接続するミューラー・マルティニのデジタル製本システム「シグマライン」だ。両機ともに国内導入1号機となり、日本初のフルデジタル書籍生産システムとして今年夏の実稼働を目指している。
同ラインは講談社の流通センター(埼玉県ふじみ野市)に設置させる予定だが、実際の生産運用は、グループ会社である豊国印刷(株)(本社/東京都文京区目白台、吉井順一社長)にデータのハンドリングから印刷工程全般の技術サポートおよびオペレーションを委託。また、既存の取引先であるフォーネット社(本社/東京都文京区音羽、高橋史幸社長)に製本仕上げ工程全般の技術サポートおよびオペレーションを委託する。
このことについて梅崎業務局長は、「講談社が自ら設備投資に踏み切れたのはグループ会社に印刷部門があったからこそ。そのため他の出版社が簡単に追随できるとは考えにくい」と語る。
「ブックオンデマンド」ではなく「出版物」
T300 Color Inkjet Web Pressは、1分間122メートルの両面カラー印刷が可能なインクジェットテクノロジー採用のデジタル輪転印刷機。最大用紙幅30インチ(762ミリ)に対応し、オフセット用書籍用紙への高品質な印字が可能だ。
一方、「シグマライン」デジタル製本システムは、シグマフォルダ(折・断裁)、シグマコレータ(丁合)、シグマバッファー(バッファー)、デジタル無線綴じ機「パンテーラアムリス」、全自動三方断裁機「エスプリ」で構成される。T300にインラインで接続され、印刷されたウェブ(連続用紙)をそのまま折断裁加工し、製本仕上げを行う。ワークフロー・コントローラ「コネックス」が、原稿PDFからのページ付け、印刷データへの展開、そして折り断裁など一連の製本工程プリセットまで一元的に制御管理するため、最小の人員で効率的な少部数印刷製本が実現できる。
これら生産ラインの機種選択における条件となったのは「用紙適正」「折り丁での運用」「稼働実績」の3点だ。
まず、「用紙適正」では、本紙に印刷できるということ。この背景には、同生産ラインによる成果物が「ブックオンデマンド」ではなく、従来の出版物と同様の位置付け、同様の定価で読者に提供するという、講談社のコンセプトがある。
「ブックオンデマンドは出版物ではなく、読者サービスだと考えている。我々は出版物として同じ定価で書店が販売することを考えているため、『紙を選ばない印刷機』が条件となった。厳密に言えば、紙にも改良を加えることで検討に入っているが、読者にはまったく違和感のない状態で提供したいと考えている」(梅崎業務局長)
次に「折り丁での運用」だが、ここが機種選択において最も重要なポイントになったようだ。
「ペラでの運用だと紙厚などに制約が生じる。製作をお預かりする立場として、折り丁でなければ最終的な仕上がりに自信が持てなかったというのが正直なところ」(梅崎業務局長)
最後に「稼働実績」。両システムの組み合わせは、米国や欧州、アジアなど、ワールドワイドで多くの稼働実績がある。梅崎業務局長も自ら中国やイタリアの導入企業を視察に訪れ、実運用に向けた情報収集に余念がない。
出版事業全体の0.6%程度をデジタルに
同システムが当面のターゲットとしている仕事はペーパーバックの文庫が中心になる。また、これまで単色が多かった学術書などでも、グラフや罫線といった連続階調以外の部分をカラー化することで、本の価値を高めることも可能だ。
基本ロットは300〜3,000部程度だが、場合によっては5,000〜6,000部までもありうると梅崎業務局長は語る。「特定のシリーズでは新刊から重版まで一貫してこのラインで生産する方が効率を高めることができるかもしれないと考えている」
そのようなシリーズの重版は、現在600〜800部程度が多いが、同システムを利用して平均200〜300部程度にまで抑えたい考えだ。
生産部数は日勤8時間体制で日産8,000部程度、月にしておよそ18万部程度の生産を見込む。「ひかえめに見た採算ライン」とのことだ。
結果、今回のフルデジタル書籍生産システムによる生産部数は、講談社の出版事業全体の0.6%程度になる。
一方、書店や新聞社に送る、いわゆるプルーフ本(白見本)は、試運転の段階から同生産ラインを活用していく。ロットは100〜200部程度。「試運転段階ということもあり、豊国印刷を窓口として、他の出版社のプルーフ本も手掛けていく方向で話を進めていきたい」(梅崎業務局長)
リアル本の「多様性」に貢献へ
講談社では、夏の実稼働に向けて社内でプロジェクトチームを立ち上げ、メーカーとともに3つの角度から課題対策に当たっていく体制を整えている。
「まずは設置関係から着手し、それが一段落したら品質関係に取り組む。その後、編集関係も含めて徐々に拡大していき、『どう発注して、どのタイミングで仕事を入れていくか』といった運用面に入る。ひとつひとつ課題をつぶしていく作業になる」(梅崎業務局長)
読者の趣味嗜好の多様化により、より多くのタイトルの提供が求められる中、出版社はいかに少部数を合理的なコストと短納期で製造するかという課題に直面している。その課題に先陣を切って真っ向から向き合う講談社の動向に、出版・印刷業界が熱い視線を注いでいる。
「我々の本来の使命は、いかにベストセラーを世に送り出すかである。ただ、読者の趣味嗜好が広がる中、部数が少ないから出版できないという事態は避けたい。また、電子出版と言われるが、リアル本がないのに電子出版だけというのはあり得ないと私は考えている。リアル本があってはじめて作家は成長するし、装幀を含めて様々な人が介在して本はできている。講談社では、もちろん積極的に電子出版に取り組んでいくが、やはり多くのリアル本を出版できる環境も作っていきたいと考えている」(梅崎業務局長)