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トップ > 特集 > 成長市場を追う:印刷通販特集2012:世界最大の印刷通販「VistaPrint」、急成長支えた「成功の秘訣」とは? ラクスル 松本恭攝社長が分析

印刷の新たなビジネスモデルとして急成長を遂げた印刷通販。その市場特性と今後は?

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世界最大の印刷通販「VistaPrint」、急成長支えた「成功の秘訣」とは?

一貫した事業コンセプトと戦略で、売り上げ8億ドル
ラクスル 松本恭攝社長が分析

印刷ジャーナル 2012年2月5日号掲載

松本氏
​ 世界の印刷通販の事情を見る際に大きく2つの見方ができる。VistaPrintとそれ以外だ。前者は売上8億ドルを超える世界最大の印刷通販会社で、オンデマンド印刷が中心、大陸をまたぎ世界中で展開している。それ以外の印刷通販はオフセット印刷が中心で日本だとグラフィックやプリントパック、アメリカだとUprintingやPsPrint、ヨーロッパだとdiedruckereiと、各地域でエリアを限定した事業を展開している。
 そこで今回は、元外資系経営コンサルティング会社勤務という職歴をもち、印刷のポータルサイトを運営するラクスル(株)(東京都港区海岸)の松本恭攝社長に、世界最大とされるVistaPrintの「成功の秘訣」を分析してもらった。


 VistaPrintはパリに本社を置き、米国市場のナスダックに上場している。1995年に創業し、2000年頃よりオンラインで印刷の販売を始め、2005年には売上9,000万ドル、2010年には8.1億ドルと急成長を遂げた。売上の約半数は名刺とポストカードで、平均販売単価は35ドルと小額である。顧客数は900万、1日の発注数は5万4,000件。単価は少ないものの発注件数が圧倒的に多い。営業利益は10%あり、利益も十分に出ている。このように超低単価の商品を大量に販売し、高い利益率と急成長を実現した背景にはどのような戦略があるのかを見ていきたい。

ビジネスコンセプト設計

 同社のビジネスコンセプトは従業員8名以下のスモールビジネスユーザーのマーケティング支援である。この従業員8名以下という絞り込みが同社の成功の最大の秘訣だと考える。印刷需要が大きくない小規模事業主に絞られるため、提供する商品の中心は名刺や封筒などのビジネスツールになる。2004年には同社の売上の65%が名刺だった。2011年の段階でも30%は名刺である。このため平均販売単価は現在でも35ドルだ。多くの印刷会社がやりたがらなかった仕事だからこそ、その分野で効率化を進め、高い便益を提供することで潜在的なニーズを呼び起こし、成功へとつながった。

解決すべき問題の明確化と提供価値の明確化

 では、その高い便益とは何か、他の印刷会社、印刷通販との違いは何か...。同社の提供する印刷通販を利用するとすぐに分かる。多くの印刷通販では多種多様な紙が揃えられており、紙の選択に時間を使う。一方で同社のサイトでは紙の選択に時間はかからない。なぜなら種類がないからだ。ただし紙の選択に入るまでに時間がかかる。それはデザインテンプレートの選択だ。数百種類のデザインテンプレートから1つを選び、オンライン上で内容を制作していく。これこそがVistaPrintの提供価値だ。デザインやデータ制作は多くの中小事業者では内部で行えない。これまで外部のデザイン会社や印刷会社に依頼していた作業を、システムが代行することで中小事業者のオンライン発注が可能になった。大企業・中堅企業ではなく、中小事業者であるからこそテンプレートでも受け入れられる。素晴らしいデザインを、ではなく悪くないデザインを。デザインとデータ作成こそが発注者が抱える課題と捉え、それらを解決するためデザインの標準化とシステム化を提供価値の中心にそえたサービス設計をしたことが、大きな需要の取り込みに成功した背景である。

ビジネススケールのためのストーリーの明確化

 設立から15年で売上8億ドルの大企業へと躍進した同社の拡大にもビジネスコンセプト設計が大きく寄与している。8億ドルの売上を地域で分解すると、約60%が北米、約35%が欧州、約5%がアジアと複数ヵ国で事業展開するグローバル企業の姿が見えてくる(図1)。

 サイトは22ヵ国語対応し、販売先は120ヵ国以上だ。広域での事業展開から各国での工場操業が予測されるが、実際には同社の工場はアメリカに1ヵ所、オランダに1ヵ所、オーストラリアに1ヵ所と各エリアに1つずつ、計3ヵ所にしかない。
 先述の通り、同社の売上の平均単価は35ドルと小額で、しかも重量のかさばらないビジネスツールが中心だ。そのため、国をまたいでの商品輸送でも大きなコストはかからない。グローバルにサードパーティロジスティクスを利用して物流網さえ構築すれば、自社で流通を持たずとも低コストで物流の世界展開が可能となった。サイトは翻訳精度がたとえ高くなくとも複数ヵ国展開をできる限り行う、コールセンターは特定言語対応に割り切り、極力オンライン上のFAQでカバーする。世界規模で展開しやすいビジネスコンセプトを前提としたことが、急速な成長を支えたことがうかがえる。

莫大な販促投資

 公開されている同社の損益計算書を見ると思い切った投資方針がうかがえる(図2)。
 売上に対して原価(Gross Margin)が64%、販促費(Marketing and Selling)が32%、研究開発費(Technology and Development)が12%、その他販管費(General and Administrative)が9%、営業利益(GAAP Net Income)が10%である。特筆すべきは販促費の32%だ。売上の約1/3を広告費として投入している。2011年の販促費は約2.6億ドル(約200億円)だ。圧倒的な広告投下で認知とブランドを高め急速な成長を遂げている。

時間軸を切った効率的かつ一貫した事業テーマ設定

​ 急激な拡大を支えるのは単純に広告投下による認知拡大だけではない。年度毎のビジネステーマ設定も大きな要素である。私の知る多くの印刷通販では売上目標と予算がおりてきて、達成のため担当者が運用を行う、という事業運営を行っている。ただ、この手法では前年度と行うことが変わらず延長線上にある成長しか行えない。VistaPrintの場合、セッション、コンバージョンレート、単価という目先のKPI以外に、年度ごとにフォーカスするテーマを決め、それらの達成に向け注力する(図3)。その結果1年間で新たな顧客の取り込みや、大幅なコンバージョンレート改善、単価改善など非連続な成長の実現につながる。

   ◇   ◇

 以上見てきた戦略の分析は、同社の急成長を支えた大きな事業構造上の枠組である。これらの事業設計〜戦略構築の考え方は印刷会社に限ったことでなく急成長を遂げた企業を見ていくと必ず見えてくる。この記事を印刷会社経営の参考にして頂く際に重要なことは、同社が実行した商品設計やターゲティングをまねることではなく、一貫した事業コンセプトと戦略を持つことの重要性を認識していただき、貴社の市場環境や自社環境にあった戦略を構築することである。
 筆者自信もVistaPrintの事業戦略から多くを学びならが「ラクスル」(http://raksul.com)という印刷のポータルサイトの運営を行う会社を経営している。当初はほとんどの業界関係者に無理だと言われた同サイトだが、現在では月間14万人の印刷発注者と約400社の印刷会社に利用頂くサービスとなった。その背景にはビジネスモデルは異なるが、コンセプトと提供価値を明確化し、スケーラブルなビジネス設計を行い、投資の肝を見極め思い切った投資を行い、期間を区切り事業テーマを設定し邁進する、というスタイルの実行があったからだと考えている。
 最後は宣伝となってしまうが、弊社は「誰でも、簡単に、印刷を刷れる世界を作る」という事業コンセプトの元、印刷会社と印刷発注者が効率的にオンライン上で出会えるビジネスマッチングの場を提供し、月間で約7,000件の印刷発注者と印刷会社の出会いを作り出している。
 今後印刷通販に限らず、インターネットの利用が経営の重点課題であると考えられている方は是非弊社のサイトをのぞいてみて頂きたい。