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トップ > 特集 > 「電子書籍」という大きな波、印刷会社がこの波に乗る手段は?:印刷の人材・技術を活かせる電子書籍ビジネス

 電子書籍元年と言われた2010年。果たして2011年はそれを引き継いで電子書籍2年として活況を呈することができるのだろうか。(株)スイッチのDTPスペシャリストである影山史枝氏は「デジタルデータの処理においては、他のどの業界の企業よりも優れた技能を保有しているのが印刷会社である」と断言する。今回、この波がどのように変わっていくのかを見極めるためにも、出版物の制作に携わってきた印刷企業の身近なテーマとして「電子書籍」を取り上げ、影山氏による寄稿を通じて、これまでの電子書籍周辺環境を整理しながら、印刷会社ならではの取り組み方を考察。今年の印刷会社が取り組むべき方向性を探っていきたい。

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印刷の人材・技術を活かせる電子書籍ビジネス

寄稿:(株)スイッチ DTPスペシャリスト 影山史枝氏

印刷ジャーナル 2011年1月1日号掲載

電子書籍の歴史

影山史枝氏
​ 皆さんは「電子書籍って何?」と聞かれたら何と答えるだろうか。その答えは、電子書籍を閲覧する端末(リーダー)にヒントが隠されていると考える。昨年発売されたKindle3、iPad、SONY Reader、シャープGARAPAGOSだけでなく、PC、ケータイ、電子辞書、ゲーム機すべて電子書籍を閲覧可能な端末である。これらすべての共通点は、「ディスプレイ」である。つまり、ディスプレイで閲覧可能な出版物が「電子書籍」と言える。
 電子書籍元年と言われた2010年であるが、PCや電子辞書上での電子書籍やケータイ小説・ケータイコミックなどの電子書籍については、昨年に始まったわけではない。また、出版社・印刷会社が主体となる電子書籍関連団体も既に1986年に設立された経緯がある。これら過去の時代での特徴を印刷業界の動向と照らし合わせてみると、次のようにまとめることができる。
 
第1世代 
(2000年以前)
DTP環境の普及〜オンデマンド印刷
CD-ROMでの電子辞書・百科事典の提供
 
第2世代
(2000年前後)
DTP環境の成熟(Mac OS X・InDesign発売)・電子印刷出版システム発売(オンデマンド出版)
出版各社によるオンライン書店・パソコン向け電子書籍普及
 
第3世代
(2003年前後)
データ入稿成熟期・PDFフォーマット普及・デジタル印刷機普及期・iTunesStore開始
ケータイ小説・ケータイコミック普及期
 
第4世代
(2010年)
PDF入稿普及・デジタル印刷成熟期
電子書籍環境成熟期
 
 このように解釈すると、電子書籍元年と言われた2010年は、第4世代と考えられる。ここに至るまで、「成熟」という言葉を多用してしまったが、「そのことをするのに、最も適した時期に達すること」という意味で捉えると、2010年は電子書籍市場が活性化する最も適した「時機」と言えるのかもしれない。
 
団体の設立

 iPadの発売後にメディアが大きく取り上げたように感じる電子書籍だが、もうひとつの動きとして団体の設立ラッシュのきっかけとなったと思われる三省合同懇談会も重要な要素と言える。
2010年3月に、総務省、文部科学省、経済産業省の三省合同による懇談会「デジタル・ネットワーク社会における出版物の利活用の推進に関する懇談会」が、日本における電子出版の技術面や制度面での課題を検討する目的で設置された。6月までの3ヵ月で検討が重ねられ、その後、総務省による「平成22年度新ICT利活用サービス創出支援事業」の公募が実施され、10月末には、10件の委託先が決定した。この委託先各団体・企業では、電子書籍に関わる企業が結集し、目的をひとつにして標準化を進めている。
 この委託先の多くが先の三省合同懇談会でも中心となって技術面・制度面の整備・活性化を検討してきた。第1世代から電子書籍に関わる出版・印刷企業など、コンテンツ産業に長年従事してきた精鋭である。
 この三省懇談会以前には、出版社が主体となる団体「日本電子出版出版社協会」が2月に設立している。その後、6月に「電子出版を考える出版社の会」が、7月に電子書籍に関わるあらゆるジャンルの企業が参画する「電子出版制作・流通協議会」が設立された。いずれも、市場の確立のためのルール化を図る目的である。
 著者・出版社の権利やファイルフォーマット、ビジネスモデルなど、まだまだ確立しきれていない市場でもある。印刷会社も会員となっている団体もあり、制作側の意見も取り入れた団体の動向に期待したい。
 
電子書籍を取り巻く環境

 改めて、電子書籍に関連する各項目を整理してみよう。
 人の生活スタイルに合わせて、「書籍を企画・制作し、販売する」提供側と、「買って読む」消費者側の視点で考えてみる。
 
▽「読む」電子書籍端末
 消費者にとって、電子書籍を読む環境として、電子書籍端末がある。これまでは、パソコンや携帯電話・電子辞書・ゲーム機が使われてきたが、2010年に発売された電子書籍専用端末やiPad、スマートフォンなどの汎用端末に注目が集まっている。
 
▽専用端末
アマゾンKindle3/SONY Reader/シャープGARAPAGOS/米バーンズアンドノーブルNook
 これらの製品の特徴は、シャープのGARAPAGOS以外は電子ペーパーを使用している点だ。電子ペーパーは、紙と同じように反射光を利用して表示を行うため、直射日光に当たっても見やすく、目への負担が少ない。さらに省電力であるという特徴を持ち、2週間程度充電しなくても継続して使用できる点も大きな利点だ。閲覧するコンテンツとしては、現状のモノクロ電子ペーパーならば、小説・ビジネス文書・新聞などが適している。実際に、Kindleを使用してみた感覚では、液晶タイプの端末に比べ、読みやすく書籍に集中できるように感じた。また、軽量コンパクトであることも特徴として挙げられるだろう。移動中の閲覧においては、非常に快適である。
 現在販売されている電子ペーパーベースの端末の多くはモノクロであるため、雑誌や写真集などのカラーの電子書籍には適さないという意見も多い。しかし、一昨年あたりから、カラー電子ペーパーの開発も進み、2010年には、富士通フロンテックや米E-ink社が、高速描画を実現した新たなカラー電子ペーパーを発表している。カラー電子ペーパーを搭載した製品群が出揃うのも時間の問題と言えるだろう。
 発売元の特徴としては、SONYやシャープは、機器メーカーであるのに対して、アマゾンは、物販(元は書籍からスタートしたが、現在では多様な商品を取り扱っている)であり、バーンズアンドノーブルは大手書店である。本質として、機器を販売することが目的なのか、書籍を販売することが目的なのか、という観点でそれぞれ提供側の思惑が異なることも推測できる。
 
▽汎用端末
アップルiPad
 電子書籍元年といわれるきっかけとなったと考えられるのが、アップルのiPadである。これまでにない新たなデバイスとして受け入れられ、電子書籍端末としても活用されている。iPadの発売に合わせて、電子書籍配信マーケット開設やiPad用のアプリが数多く発売された。
 液晶画面のため、書籍や雑誌・コミックなど閲覧するコンテンツを問わないこと、アプリならではの音声・ムービーなどの埋め込みが可能であるため、新たな表現手段を可能にする端末として注目された。
 実際に使用した感覚では、ピンチ(画面上を2本指でつまむ操作の総称)で拡大縮小が自在にでき閲覧しやすい反面、直射日光下では見づらく、重量や大きさから、移動中の閲覧には適さないと感じた。主に、自宅やオフィスなどで会議や読書に利用されることが想定できる。
 
▽スマートフォン
アップルiPhone4/ドコモGALAXY Tab/ソフトバンクStreak/KDDI IS03
 昨年は、電子書籍だけでなく、スマートフォンが活況を呈した年でもある。「賢い電話」ということだけあって、電話以外の機能が非常に優れている。そんな電話以外の機能の中でも注目されたのが、電子書籍リーダーとしてのスマートフォンである。スマートフォンの多くが液晶タイプであるため、iPad同様に読みやすさという点では保護シートなどで緩和させた方が良いが、携帯性・軽さという点では非常に優れた端末と言えるだろう。ドコモのGALAXY TabやソフトバンクのGARAPAGOSでは、5インチや7インチというサイズのこれまでのスマートフォンでは考えられなかったサイズを市場に投入し、電子書籍の閲覧用途に比重を置いた製品群も発売されている。
 閲覧するコンテンツは、先に挙げた第3世代に販売を伸ばし続けたコミックや小説である。新たなスマートフォンの登場で、雑誌・小説の閲覧用途でも活用されることだろう。
 もうひとつの大きな特徴として、本体のOSであるアンドロイドが挙げられる。アップルのiPhone以外のスマートフォンは、すべてGoogleのアンドロイドOSを採用している。iPhone使用者の不満のひとつに、Web上のFlashコンテンツを見ることができないという点がある。これを解決するのが、アンドロイドバージョン2.2以降を搭載したスマートフォンである。電子書籍端末としての魅力もさることながら、日常携帯する端末として考えた場合、こうしたWeb閲覧環境の違いも重要な選択肢になるのだろう。
 これら、電子書籍を閲覧できるスマートフォンは、携帯電話通信各社が窓口となって提供しているため、端末本体価格が通信料金に含まれて分割払いされることが多い。そのため、契約年数やサービス体系などによっては、手軽に手に入る端末となっている点も、消費者にとっては大きな魅力かもしれない。
 
「買う」配信マーケット

 消費者が電子書籍を閲覧できる端末を手に入れたら、いよいよ「買う」マーケットにアクセスすることになる。電子書籍の配信マーケットでは、書店に足を運ぶことなく、電子書籍端末やパソコンの通信機能を利用して書籍を購入できるメリットがある。2010年には、非常に多くの配信マーケットが生まれた。
 端末メーカーや通信各社ごとに用意した配信マーケットのほか、複数の出版社が共同で提供する配信マーケット、アマゾンやグーグルのようなオープンなマーケットが存在する。
 購入する側にとっては、コンテンツが豊富で、ダウンロード・課金体制が面倒でなく安全であることが望まれる。
 また、印刷企業を含む制作者側の視点では、マーケットごとにファイルフォーマットが異なる点も気になるところである。
 
「作る」制作ツール

 配信するための電子書籍化については、従来、デザイン制作会社や印刷会社が担ってきた部分である。印刷用に制作した書籍を電子書籍化して納入することも今後考えられるわけだが、PDFにすればOKというわけではなく、各配信先に応じてフォーマット変換をする必要がある。
 印刷物制作で多く利用されているAdobe InDesignでは、CS3から電子書籍フォーマットのひとつであるePub形式への書き出しが可能となっている(CS3から機能はあるが、現状最も最適化された書き出し機能を有しているのはCS5である)。最も身近なツールとしては、InDesignが挙げられるが、ePub自体が日本語仕様になっていないため、書き出し後に細かな修正を要する。
 その他、印刷業界にとっておなじみのフォントメーカー、モリサワが提供する「MCBook」も有力な制作ツールと言えるだろう。MCBookは、InDesignからiPhone/iPad/Andoroid端末向けにアプリを制作することができるツールだ。また、ASP形式で利用できるツールやコンテンツサーバとして利用可能なツール、著作権保護機能の優れたツールなどが存在している。いずれのツールも、使用料金のほか、売上に応じた従量課金を採用している場合がある。導入を検討している印刷企業は、こうしたコスト面と制作ワークフローを考慮し、顧客側の視点に立って、その要望に応じた戦略を立て、自社に適したツールを選定すると良いだろう。
 配信マーケットごとに異なるファイルフォーマット用に変換ツールを提供しているマーケットもある。なかには、アマゾンのような多数の無償ツールを提供しているマーケットもあるが、独自契約の上、有料でツールを提供している場合もある。さらに独自の操作方法を習得しなければ容易に変換できない場合もあり、事前の調査を充分にした上で選定していただきたい。
 
印刷会社が手掛ける顧客をサポートするための電子書籍ビジネス

 こうした環境の中、注目したいのが、印刷会社が影で支えるクローズドな配信マーケットである。
 出版物制作〜印刷までを手掛ける印刷会社の中で、顧客視点で顧客のその先にいるクライアントの役に立つための手法を模索した結果、生まれたマーケットが少なからず存在する。まだ立ち上がったばかりのサイトが多いが、それぞれの特徴として、既存顧客との接点をより強固なモノにするための取り組みがほとんどである。
 印刷会社が今取り組むべきヒントがここにある。
 まず、既存顧客のうち、その先の消費者やクライアントへ電子書籍・電子出版という形態でコンテンツ(書籍や雑誌に限らず、電子ジャーナル・ビジネス文書・教材も含めて考えていくべきである)を提供したい、配信したいと考える、もしくは検討中という顧客がいるならば、この電子書籍元年の翌年である今年は、チャンスなのではないだろうか。
 これまでにも、印刷企業は、顧客の様々な相談に応じてきた経緯がある。印刷営業が保有するスキルは、積算に欠かせない材料・工程・品質・コストの知識である。これらを電子書籍に置き換えて考えてみよう。
 材料は、顧客から預かる入稿データである。工程は、制作ツール、制作フロー・工数の知識として置き換えられる。また、品質は、画面品質ならば端末ごとに解像度が異なるため、端末仕様を知っておくと良いだろう。どのようなコンテンツにしたいかによって、品質も異なる。アプリ形式の付加価値機能(音声・ムービー・バイブレーション・リンク等)の可能性や、配信マーケットによって異なるフォーマットごとの仕様も理解しておこう。
 コストの割り出し方としては、工数を積算する手法が従来の印刷に近いのだが、出版側が考える紙書籍との兼ね合い(販促ツールなのか、単体としての販売物なのか・継続してアップデートするコンテンツなのか)・配信方法(課金体系)によっても異なることだろう。
 これらを総合的に考察すると、「制作して納品」という手離れの良さを選択した場合、残念ながら、売上が見込めないのも電子書籍の辛い側面である。
 これらの知識を営業に活かして、さらにサイトの運営から、顧客に密着した制作ワークフローを構築し、セキュリティ・著作権管理機能を保有することや、デジタル印刷機と併用して、トータルでオンデマンド出版をサポートすることで、はじめてまとまった売上管理ができるのが電子書籍ビジネスである。
 こうして見ると、敷居の高いビジネスに見えるかもしれない。しかし、このまま何もせずにやり過ごすには、大きな波となりつつあることも事実である。
 今、印刷会社に求められているのは、顧客の切実な相談に親身に応える電子書籍に特化した知識とノウハウを蓄積すること。そのための書籍販売やセミナーが盛んに行われている。
 出版印刷に特化していないという印刷会社も多く存在するが、デジタルデータを扱っている限り、新たなデータフォーマットや市場には敏感でありつづけたいものである。
 印刷技術は、現在に至るまで様々な経過を経てきたが、DTP環境が成熟した今、設備や価格で勝負するのではなく、印刷会社が保有する高度なデータ処理技術や、ソフト的(顧客が喜ぶ〜顧客の作業が楽になる〜顧客の利益が上がる〜顧客の企業がブランドとして認知される等の)サービスを実践してみてはいかがだろうか。
 一般企業の人材と比較しても、印刷企業の人材のデータ処理技術は、並はずれたものがあると感じている。それだけの人材・技術を保有しながら、顧客企業に直結したサポートを実践していないのを、日頃から残念に感じていたのだが、「電子書籍」という波がよいきっかけになるかもしれないと期待している。
 2011年、電子書籍元年の翌年である今年が、印刷企業にとって、「災い転じて福となす」年であってほしいと願っている。


影山史枝氏 略歴
株式会社スイッチ DTPスペシャリスト
ジャグラBBキャスター/Adobe Acrobat認定トレーナー/JAGAT DTPエキスパート・色評価士・クロスメディアエキスパート
 PCメーカーにて教育事業を担当。その後人材派遣会社にて派遣社員の教育全般及び社会人向けスクール運営。画像処理メーカーのDDCP営業部門で、全国のユーザ企業(印刷会社)のソフトウェア研修を担当。
現在は、印刷会社のテクニカルアドバイザー、企業・学校におけるDTP関連セミナー・講演・執筆等に携わる。